気になる情報の解説

牛のゲップが地球温暖化の原因と聞きましたが本当ですか?

“地球のために牛を食べない”とか、牛から出るメタンの温室効果は全国のバスやタクシーのものより多いとか聞きました。どうしたらいいですか。


元東北大農学研究科教授寺田文典先生に、牛肉生産で出る温室効果ガスの排出量やそのしくみ、環境への影響や対策を解説していただきました。

ポイント

  • 令和2年度の日本人の牛肉消費量は1人当たり年間6.2kgで、これをタンパク質供給量としてみると約4%を牛肉から摂取していることになります。ただし、牛肉の自給率は36%にとどまっています。
  • わが国の肉用牛が産生するメタンガスは年間155千t、牛肉生産量が336千tなので、牛肉1kg生産あたり0.46kgのメタンが排出されていることになります。
  • 食文化を支える牛肉の価値を踏まえて、その生産と生産に関わる環境負荷の軽減を同時に達成する方策を考え、取り組むことは、21世紀の私たちに課せられた課題です。

解説

牛肉は私たちの食文化を支える大事な食材の一つです

日本人のタンパク質摂取量の推移を見ますと、植物性タンパク質に代わって畜産物が増加したことによって、その必要量を充足していることがよくわかります(図1)。そのうち、肉類についてみますと、牛肉がタンパク質供給量の4%、豚肉8%、鶏肉10%となっています。牛肉料理を考えますと、すき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキ等々、食卓を飾る多くのメニューが浮かびます。ハレの日の食材として、牛肉は欠かせないものとなっており、私たちの食文化を支える大事な素材の一つとなっています。

そして、その牛肉を生産する肉用牛産業は、肉用牛の飼養戸数が44千戸、総生産額が74百億円(令和2年)の重要な産業となっています。特に、食料の安定供給や国土保全を図るために重要な役割を担っている中山間地域や島嶼部で、肉用牛産業は地域の雇用と産業を守る役割を担っています。


解説

肉用牛は第一胃に生息する微生物による発酵産物によってエネルギーを獲得する

ウシは、4つの胃を持つ反すう動物です。この4つの胃のうち、第一胃(ルーメンと呼ばれています)は、成牛で約200Lの容積があり、多数の微生物(カビやプロトゾア(原生動物)、細菌など)が生息し、ヒトが利用できない草や食品製造副産物や農産副産物、食品残渣などを素材として、嫌気性発酵を行い、酢酸、プロピオン酸、酪酸といった揮発性脂肪酸を産生します(図2)。ヒトはエネルギー源としてグルコースを主に利用しますが、牛たちはこの揮発性脂肪酸を主なエネルギー源として利用しています。ヒトが利用できない飼料資源を、良質なタンパク質に変換することができる、反すう動物の特徴はこのルーメン内に多く生息する微生物たちとの共同作業によって得られる宝物と言えます。


解説

肥育牛はルーメン内の微生物の作用によって1年間に61kgのメタンガスを産生する

肉用牛の第一胃に生息するルーメン微生物は、ウシのエネルギー源となる揮発性脂肪酸をたくさん生産しますが、その過程において、メタンガスが発生します。肥育牛(3か月齢以上で試算)は年間1頭当たり61.3kg、繁殖用に使用されている雌牛(子牛を生産する)は69.3kgのメタンを産生します。これらの数値から、牛肉1kgあたりのメタン産生量を試算しますと0.462kgになります。このようにメタンが発生するのは、牛のルーメン内に生息する微生物が炭水化物を分解し、脂肪酸を合成する過程で生じる代謝性水素をメタンとして処理しているからです。もし、代謝過程における水素の処理が滞ると微生物の活性が阻害され、飼料の消化が低下することになります。ですので、ウシから出るメタンガスは、実は牛が生きるために必須のものであり、草を利用するために生じる副産物として捉えることができます。


解説

肉用牛に由来する温室効果ガスを抑制するためには

肉用牛の消化管内で発生するメタンはウシの生理に由来するものであり、それを阻害することは、草などのヒトが利用できない資源を有効に活用できる反すう家畜としてのウシの特性を殺すことになります。地球の人口の増加にともなって必要となるタンパク質需要を満たすためにも、自然環境を保全しその生態系が有する機能を高めていくためにも、肉用牛生産は大事な役割を担っています。しかし、だからといって温室効果ガスの排出削減の努力をしなくてよい、ということにはなりません。世界を、地球を変革していこうというSDGs(持続可能な開発目標)の運動に掲げられている、飢餓の撲滅、栄養事情の改善、陸域の保全、地域振興などの持続的な人類の活動を保証するための取組に積極的にかかわるべきことは言を俟ちません。

畜産業から発生する温室効果ガスを見てみますと、ルーメン発酵に由来するメタンだけでなく、排せつ物処理からもメタンや一酸化二窒素などが発生するので、これらも抑制すべき対象となっています。ちなみに、肉用牛経営から出る温室効果ガスは、飼料生産や排せつ物処理からも発生する分も含めると牛肉1kg当たり二酸化炭素換算で約20kgと推定※されます。私たちは国産・輸入をあわせて年間6.2kgの牛肉を食べていますので、年間124kgの二酸化炭素が発生することになります。この量は、一人乗りの自家用乗用車※※で約1,000km走った場合に相当します。


※繁殖経営からの温室効果ガス発生量に占めるメタンの割合を61%(Ogino et al., 2007)、肥育経営での割合を0.48%(Ogino et al., 2004)として推定。

※※ 自家用自動車からのCO2排出量は131gCO2/km・人
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html


解説

肉用牛生産からはいろいろな温室効果ガスが発生する

主な温室効果ガスには、二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、フロンガス類などがあります。二酸化炭素は、農業生産システムのなかで、農作業で機械等を使用する際に発生しますが(ウシから出る二酸化炭素(呼気)は、飼料起源ですので、大気中の二酸化炭素を固定し、それを利用している、すなわち、カーボンニュートラルとみなせますので、これは問題にはされません。)、その他に温室効果が大きい、メタン、一酸化二窒素も多く排出されます。その結果、2020年度の日本の総排出量のなかで、運輸、工業関係に比べると著しく小さいものの、それでも農林水産業は4.4%を占めています。図3は農林水産業から発生する温室効果ガスをグラフに示したものですが、水田や畑、家畜や排せつ物処理から発生するメタンや一酸化二窒素の多いことがご理解いただけるかと思います。さらに、家畜1頭当たりの温室効果ガス発生量(図4)を見ますと、乳牛が圧倒的なのですが、次いで、肉用牛と大型反すう動物が大きな発生源となっていることがわかります。また、発生する温室効果ガスの内訳は乳牛と肉用牛で大きく異なり、乳牛では、消化管内発酵に由来するメタンが多いだけでなく、排せつ物処理から発生するメタンも大きな割合を占めています。一方、肉用牛では、消化管内発酵に由来するメタンが8割を占め、次いで、排せつ物処理に由来する一酸化二窒素となっています。

ところで、図4では、メタンと一酸化二窒素が示されていますが、それぞれの温室効果は、ガスの種類によって大きく異なります。ちなみにこの計算では、メタンはCO2の25倍、一酸化二窒素は298倍として計算されています。これらの数値は、100年後の地球を考えた時の温室効果ということで示されています。


解説

温室効果を抑制するためには

良質なタンパク質生産を通じた食料問題解決への貢献、地域産業としての雇用や所得の保障と同時に産業から発生する温室効果ガスを抑制するためにはどうすればよいのか、生産性と環境負荷低減を両立させることはできるのか。
 もちろん、できます!!
 やらなければなりません!!

そのためには、環境負荷低減を意識して生産性の向上に取り組むことが基本にあり、地域の特性にマッチした多様性のある肉用牛産業を展開することが重要になります。地域の連携、循環を進めて、牛肉生産における効率性を高めることが問題解決の近道です。


解説

温室効果ガスを削減する技術開発は

肉用牛のルーメン発酵で生じるメタンを抑制するための手段として、次の3つの方法が取り組まれています。

  • 給与飼料の制御により精密なウシの栄養管理を行う
  • メタン産生を抑制する資材や添加物を活用する
  • 育種改良や繁殖管理の徹底、疾病予防等により、生産性の向上を図る

これらの詳細につきましては、Q2(1)、Q2(2)でご紹介します。

排せつ物処理過程、主に堆肥化の過程で発生するメタンと一酸化二窒素を抑制するためには、堆肥処理の基本である、好気的な発酵をしっかり行える環境を作ることが大事です。また、特に影響の大きい、一酸化二窒素を抑制するための添加剤の開発も取り組まれつつあります。その詳細につきましては、Q3でご紹介します。


解説

全ての肉用牛産業関係者と消費者の共同(共創)によって、温室効果ガスの削減を図ろう!! -牛肉のサプライチェーンで削減の努力を-(図5)

1頭の牛から発生する温室効果ガスを適切に抑制する努力は、SDGsの第一歩になりますが、それだけでカーボンニュートラルを達成することは難しいものと思われます。そのため、視点を地域レベル、国レベル、最終的に地球レベルに置き、肉用牛産業からの温室効果ガスの削減に取組むことが重要であり、牛肉のサプライチェーンとしての温室効果ガス削減努力を積み重ねる必要があります。


  • 飼料自給率を高め、輸入に伴って発生する環境負荷を軽減する。
  • 未利用飼料資源の開発をさらに進める。
    食品製造副産物や農産副産物、最近ではパルプや蒸煮処理したチップの飼料利用など林産資源の飼料化研究も進められています。水産資源の飼料利用も海に囲まれた日本で取り組むべき課題と言えそうです。
  • 飼料生産-家畜飼養-排せつ物処理の循環を図り、経営体としての生産性と環境負荷低減の最適化を図る。
  • 耕畜連携を進め、地域社会としての資源循環の最適化を進める。
  • 食肉としての産肉の効率を高める。無駄なく利用する。流通におけるロスを最小化する。

これらのことに、ひとりひとりがしっかり取り組むことが、牛肉消費に関する環境負荷問題を解決する糸口に繋がることは間違いありません。