堆肥から出ている温室効果の高い一酸化二窒素というのを減らすのに農場ですぐに出来ることはありますか。減らす飼料があると聞きましたがどんなものですか。
これも元東北大学農学研究科教授寺田文典先生に一酸化二窒素を減らすための排せつ物、堆肥処理のポイントや排泄量を減らすための飼料について解説頂きました。
- すぐにできることはたくさんあります。
- 肉用牛生産の排せつ物処理のおよそ9割は堆肥化処理です。堆肥化処理の過程からは温室効果ガスであるメタンと一酸化二窒素、揮発後温室効果ガスに転換するアンモニアが発生します。
- メタンの発生量は適切な水分調整を行うことで、一酸化二窒素の排出量は、糞尿中への窒素の排泄を抑えることで低減できます。
- 糞尿中への窒素の排泄量を削減するため、アミノ酸バランス改善飼料(飼料全体のタンパク質量を減らし、不足する必須アミノ酸を補足した飼料)の利用が注目されています。
肉用牛経営における排泄物の分離・混合処理の割合をみますと、その95%は糞尿混合処理であり、さらにその排泄物処理方法は85.6%が堆肥化処理を行っています(農林水産省、2011)
廃棄物処理の原則は3R、減容(Reduction)、再使用(Reuse)、再利用(Recycle)です(図1)。このことは排せつ物処理にも当てはまります。
減容(Reduction)
排せつ物処理過程で発生するメタンのもととなる有機物の排泄を減らすためには、必要以上に飼料を給与しないことや濃厚飼料の多給による消化障害を防ぐことが有効です。また、一酸化二窒素のもとになるタンパク質(窒素)の過剰給与を抑えることで温室効果ガスの発生量を抑制することができます。
再使用(Reuse)
これはちょっと難しそうです。
再利用(Recycle)
堆肥として再利用することは資源循環のうえでも意味があるだけでなく、堆肥をきちんと使うことで、草地の吸収量や化学肥料の削減による経営体トータルとしての温室効果ガスの削減が達成できます。
堆肥から発生するメタンは嫌気的な環境下で活躍するメタン生成古細菌によって産生されます。ですので、これを防ぐためには、堆肥の中に嫌気的な状況ができることを防ぐことが基本になります。適正な資材を用いて水分調整をしっかり行う、切り返しを定期的に行う、すなわち、良質堆肥を作ることがそのままメタンの発生抑制につながります。
堆肥化過程で発生する温室効果ガスの中で、最も量的に多いのは一酸化二窒素です。堆肥の中に含まれる窒素は、硝化作用により酸化されたり、脱窒反応により還元されたりと複雑な動きをします。そして最終的には、アンモニア、窒素、一酸化二窒素のいずれかの形で放出されます(図2)。アンモニアは悪臭成分で、健康に悪影響を及ぼすだけでなく、大気中で変化し、再度地表に降下するときにはその一部が一酸化二窒素となるので、間接的な温室効果ガスの排出と捉えられます。さらにややこしいことに、アンモニアの発生量を抑えると一酸化二窒素が増えたり、一酸化二窒素が減るとアンモニアが増えたり、トレードオフの仕組みが存在します。
一酸化二窒素の発生を抑えるためには、硝化抑制剤やpH調整剤などの添加物の利用や副資材の適切な利用などがありますが、いずれもコストがかかりますので、現段階では、糞尿中に排泄される窒素の量を抑えることが一番実用的な方法ではないかと思われます。
ウシの最初の胃であるルーメン内で、微生物合成に利用されなかった過剰の窒素は、アンモニアとしてルーメン壁から吸収され、肝臓で尿素に変換されて排泄されます。一方、微生物合成に必要な窒素が不足する場合、飼料摂取量が抑制されたり、消化率が低下したりしてしまいます。ですので、窒素排泄量を低減するためには、ルーメン内で微生物合成がうまく進むために必要十分な量の窒素をバランスよく給与することが原則になります。一般に肉用牛の飼料中の窒素含量と糞尿中の窒素排泄量の間には、次の関係式が成立します(長命ら、2006)。指数関数的に変化しますので、必要以上に給与すると、窒素排泄量が急激に増えることを意味しています。
窒素排泄量(糞+尿)=4.97x飼料摂取量1.21
+0.24x(飼料摂取量x飼料中の窒素含量/100)1.14
肉用牛の成長、繁殖、肥育に必要なタンパク質量は、微生物によって作用された後にウシが実際に消化吸収することができる「代謝性タンパク質」として、いろいろなマニュアルで示されています。これをもう少し精密にアミノ酸レベルで考えたものが「代謝アミノ酸」です。ルーメンでのタンパク質代謝の最適化を図るだけでなく、生体が吸収するアミノ酸レベルで給与量の最適化を図る、このことが窒素排泄量を削減する次の目標になります。そして、それを志向しているのがアミノ酸バランス改善飼料です。
動物が必要とするアミノ酸には多くの種類がありますが、生体内で合成できないものを必須アミノ酸と言い、メチオニン、リジン等9種類のアミノ酸が知られています。これらは、それぞれに充足すべき必要量があるので、通常では生産性を抑制してしまう低タンパク質飼料を給与する場合でも、不足する必須アミノ酸を飼料用アミノ酸で補うことで、生産性に影響することなく飼料中のタンパク質含量を抑えることが可能になります。ただし、そのためにはアミノ酸レベルでの精密な栄養要求量に従って飼料設計を行うことが前提となります。このような考え方は「桶の理論」と呼ばれ、要求量を構成する必須アミノ酸を桶の板にたとえ、その大きさを揃えることで、容積(有効な供給量)を最大化しようとするものです(図3)。
鶏、豚では、かなり精密なアミノ酸要求量が提示されていますので、飼料設計も容易ですが、肉用牛の場合、ルーメン内でかなりの部分が分解され、微生物態タンパク質に再合成されますので、それを踏まえて代謝タンパク質の摂取量、要求量を精密に示すことが必要になります。家畜栄養学の深化が環境問題の解決には大いに貢献することになります。
肉用牛の肥育試験における事例(Kamiya et al., 2021)をご紹介します(図4)。この試験では、慣行的な飼料による対照区とそれよりもタンパク質含量を大幅に減らし、メチオニン、リジンで不足分を補給してアミノ酸バランスを調整した飼料を給与する低タンパク質区の2区を設けてホルスタイン種去勢牛を肥育し、肥育期の前半と後半にそれぞれ窒素出納試験を実施して、窒素排泄量の抑制割合を評価しています。その結果、糞尿由来窒素排泄量は前期で14%、後期で17%削減されています。なお、この時、増体量には差は認められていません。
アミノ酸バランス飼料の取り組みは、環境認証制度の一つであるJクレジット制度※で、環境負荷低減方法として、認められています。また、この手法で環境に優しい牛肉生産に取組み、それを付加価値としてアピールすることも試みられています。
※ Jクレジット制度 温室効果ガスの削減量や吸収量を国が認証する制度。炭素に価格を付け、行動変容を促す手法(カーボンプライシング)の一つ。
https://japancredit.go.jp/
増体を高めることで肥育期間を短縮したり、アミノ酸バランス改善飼料で窒素排泄量を抑えたりといった飼い方は、生産性が高まることはわかりますが、果たして肉質はどうなのかといった疑問を持たれる方も多いのではないか思います。
このご質問に対するお答えに代えて、「肉質」とは何なのか、もう一度考えてみたいと思います。「肉質」とは質問される方によっては、霜降り肉であったり、赤身肉であったり、脂肪の口溶けであったり、風味であったり、と千差万別ではないでしょうか。とすれば、それぞれに合った飼い方があってよいように思います。「環境にやさしい肥育方法」は開発途上ですが、どのような肉質を目指して、どのように制御していくのか、いろいろな方向性があるものと思います。もちろん、「環境に優しい」ということをキーワードに、付加価値化していくことも興味深い取り組みだと思います。
排せつ物処理過程での温室効果ガス排出量を削減することは、その取り組みが私たちにとって有効な資源を最大限利用していくことにつながるという点で非常に意義のあることと考えます。食の需要を満たしながら、私たちの生活環境の持続性、すなわち地球環境の持続性を高めていく、そのための答えの一つがここにあるものと思います。