生産地の取組み

アニマルウェルフェア優良事例調査
-地域とも調和した牛にもやさしい肉用牛生産

前報と同じく、ライブストック・ビス酒井代表に「甲州牛」の生産にの中核となり県のアニマルウエルフェアの認証制度にも参画する山梨県韮崎市の牧場に出かけていただきました。


ポイント
  • ブドウ栽培の傍ら、たい肥確保のための乳用種肥育をはじめ、以後段階的に黒毛和種を増頭し、醸造用ブドウ生産と複合の繁殖・肥育一貫経営に。
  • 「甲州牛」ブランドの中核となり地域の果樹農家等とも連携。
  • 県のやまなしアニマルウエルフェア認証制度にも参画し牛にも優しい飼養管理を実践


アニマルウェルフェア優良事例調査-豊かな自然や地元産業と巧みに調和しつつ、牛にもやさしい持続可能な「甲州牛」生産牧場の取組み-


ライブストック・ビズ 代表 酒井 豊

1.はじめに


山梨県においては、県が主体となって、先進的な取組として2022年2月から「やまなしアニマルウェルフェア認証基準」が定められ、アニマルウェルフェア(AW)の普及が図られています。AW認証農場は、採卵鶏、養豚、乳用牛で先行していますが、肉用牛についても条件が整いつつあり、AW認定に向けて取組が進んでいます。

その先進事例として、「甲州牛」の繁殖・肥育一貫経営及びブドウ栽培を営む家族経営である韮崎市の牧場の取組状況等を調査させて頂きましたので報告します。


2.地域概況


韮崎市は、山梨県北西部にある総面積143.7平方キロメートル、人口3万人弱、八ヶ岳おろしが吹く厳しい環境ですが、豊富な自然資源と地形を巧みに利用しつつ、果樹農家と畜産農家とが有機的連携を図りながら地域経済を支えています。農業センサス(令和2年)で農家数をみますと、販売目的で飼養している農家数は、肉用牛9戸、養豚1戸、採卵鶏1戸、ブロイラー1戸となっているのに対し、果樹303戸ということが、韮崎市の特徴ある農畜産業の姿を表しています。


3.牧場の経営概況とAWに配慮した飼養管理等の実践


1 経営概況

経営者は、就農当時、生食用ブドウ栽培を行っていましたが、美味しいブドウの栽培に必要な良質な堆肥を手に入れるため、乳用肥育牛を飼い始めたとのことです。現在でも醸造用ブドウ栽培(40a)を続けながら、南向きの日当たりの良い斜面を巧みに利用し、パドック、放牧場(60a、耐暑性の高い牧草(やつひめ)を播種)を確保しつつ、「甲州牛」の繁殖・肥育一貫経営及びブドウ栽培の複合経営を営んでいます。肉用牛の飼養を始めた際も、段階的に拡大することで「無借金経営」を実践し安定的な発展を遂げてこられました。

現在は、経営者夫婦、息子さん夫婦の4人体制で、繁殖牛40頭、肥育牛80頭の計120頭の繁殖・肥育一貫経営と醸造用ブドウ栽培を営んでおられます。昨年来、経営の主力は息子さんに移されたとのことで、一貫経営の中でも、息子さんが繁殖と育成、奥様が肥育、経営者夫婦が育成と肥育の中間、6か月~11か月の時期を担当されています。


2 繁殖牛、哺育牛等の管理

繁殖部門では、肥育牛の枝肉成績等を分析しながら、後継として残す繁殖牛を選抜しつつ、相性の良い種雄牛も選定して交配し、繁殖牛群の基盤強化を図っています。分娩房は大きめのスペースを確保し敷料をふんだんに用い快適に分娩ができる環境を整えています。出生牛の健康管理のため、繁殖牛の牛房の一角に、哺育牛のみが行き来できる柵を設け、保温電球を設置したスペースを用意しています(図1)。調査の折も、冬季でしたので、哺育中の子牛がそのスペースに集まって暖をとっていました。


図1.哺育牛のための保温スペース(哺育牛のみ出入り自由)


3 観察を補完するIoT機器の導入

事故を未然に防ぎ健康な牛を育てるため、牛舎を頻回巡回し牛を観察することを大切にしておられますが、その観察を補完するためIoTも積極的に活用し、牛の活動状況をモニタリングするネック型センサーや出産を管理するための体内温度を測る装置などを導入しています。


4 パドック、放牧場の設置、蹄の管理

適切に運動できるようパドックが牛房に隣接して設置されており、さらに周辺に放牧地も確保して、シーズンには放牧も取り入れています(図2、図3)。
蹄の管理については、牛の歩様の観察をしながら必要があれば削蹄を行っていますが、適度に運動している牛についてはほとんど手をかけなくても問題がないとのことです。


図2.パドックでゆったりと反芻する繁殖牛群


図3.放牧場(周囲はブドウ畑)


5 AWに配慮した飼養管理等の実践

前述してきたとおり牧場の飼養管理等については、農林水産省の指針(5つの自由のための具体的な対応例、①新鮮な餌及び水の提供、②適切な取り扱い(不要なストレスを与えない)、③良好な環境の提供(暑熱・寒冷対策など)、④病気の予防や迅速な治療、⑤適切な広さや施設・設備での飼育)にも則したAWに配慮した模範的な飼養管理等が行われています。

去勢と鼻環装着について、農林水産省のAW指針において実施が推奨される事項として、「去勢を行う必要がある場合、(中略)3か月を超える牛を去勢する場合、麻酔や鎮静について獣医師の指導を求め、必要とされる場合、獣医師による麻酔薬や鎮静剤の投与の下で行う。」、「鼻環を装着する際、牛へのストレスを極力減らし、可能な限り苦痛を生じさせないよう、素早く適切な位置に装着する。」とされています。去勢については、NOSAI獣医師によって麻酔薬の投与下で行われています。また、去勢牛についても安全に管理するため鼻環を装着していますが、鼻環は麻酔が効いている間に装着する工夫をしており、できるだけ苦痛を与えない管理を実践しています。猪股牧場における一連の管理・措置はAW指針に則した対応といえます。

去勢処置等の取材はできませんでしたので、山梨県NOSAIのホームページから写真(図4)を転載させて頂きます。この日は、3頭の去勢を実施し鼻環の装着を行ったとのことです。



6 環境負荷の少ない持続可能な経営

牧場の立地は元々ブドウ栽培の適地であり、南向きの斜面にあります。このため自給飼料生産には適地とは言えず、いなわら、WCS、チモシーなどの粗飼料も稲作地帯、畑作地帯等からの導入に頼っています。飼料費はブドウの収入でまかなえているとのことですし、生産される良質な堆肥は周辺の果樹農家でフル活用されているとのことですので、地形や気候風土に合わせた適地適作を実践することで、耕種部門、果樹部門と有機的に連携を図り、地域全体で持続的可能な農畜産業が営まれている姿と言えます。


4.やまなしアニマルウェルフェア認証制度の概要と認証状況

制度は2022年にスタートしていますが、2024年7月現在、採卵鶏5農場、肉用鶏1農場、養豚3農場、酪農2農場の計11農場が認証されています。

エフォート認証基準にも「研修会の受講等による知識の習得」が含まれており、定期的に県畜産会主催の研修会が開催されています。直近では2024年5月には「世界のアニマルウェルフェア最新情勢と国内生産者にもとめられるもの」をテーマに県内生産者等を対象に研修会が開催されています(参考参照)。

牧場ではAWに沿った飼養管理に取り組みつつ、専門家の意見を聞きながらAWの水準を高めてきています。牧場は、2024年12月23日に「エフォート」認証を取得しており、2025年2月5日に「アチーブメント」認証取得のための現地調査が実施されていましたが、調査後の3月7日に「アチーブメント」認証を取得されたとの報告を受けました。


5.むすびに

今般の調査にご協力頂いた経営者が会長、前報の甲州ワインビーフ生産農場の経営者が副会長となって県内の肉用牛農家が「甲州牛・甲州ワインビーフ推進協議会」を組織し大同団結されたとのことです。そのお話をうかがった際に、個々がそれぞれの特徴を活かしながら団結・協力する姿の象徴でもあり、君が代にも詠まれている「さざれ石」(武田神社にも奉納されています)にも例えられる優れた取組であると感じました。極めて厳しい畜産情勢ではありますが、推進協議会が、県や関係機関の指導の下、地域の稲作経営、畑作経営、果樹経営と有機的な連携を図りながら、肉用牛生産を支える「巌(いわお)」となって安定的に発展されることをご期待したいと思います。


<参考>やまなしアニマルウェルフェア認証制度の概要

認証制度の要領が制定されたのが2022年2月です。農林水産省は2023年7月に「畜種ごとの飼養管理等に関する技術的な指針」発表していますので、国の指針に先立つ取組となっています。認証制度導入の目的は、「やまなしブランドの強化を図るため」とされています。

認証基準は2段階(エフォート⇒アチーブメント)となっており、まず、生産者の取組を促すための第一段階として、「エフォート認証基準」(エフォート基準(5カテゴリーのクリア、講習会の受講等による知識の習得、取組(計画)の認証)の認証を求めています。その上で、「アチーブメント認証」により、肉用牛では11項目(①飼養面積、②飼養環境、③栄養(ビタミンA)、④分娩房、⑤運動、⑥体の状態、⑦異常行動の発現、⑧エンリッチメント資材の導入、⑨除角、⑩離乳、⑪去勢)のうち、5割クリア(☆)した場合、畜産物へのロゴマークを使用することができるようになります。さらに、7割クリア(☆☆)、9割クリア(☆☆☆)と表示できるロゴマークの数が増える仕組みになっています。

なお、エフォート基準のチェックのカテゴリー(項目)は、①健康管理(観察・記録、家畜の取り扱い、病気・事故等の措置)、②栄養(給水、給餌、BCS)、③環境(温度・湿度、暑熱・寒冷対策、消毒、清掃、換気)、④行動(逃避行動、敵対行動)、⑤環境への配慮(家畜排せつ物の処理)とされており、農林水産省の指針に沿った内容となっています。