環境負荷軽減優良事例調査
-地域産業と有機的に連携した肉用牛生産
ライブストック・ビス酒井代表に「甲州ワインビーフ」の生産に取り組む山梨県甲斐市の牧場に出かけていただきました。
- 県の技術的支援も受け甲州ワインの原料である醸造用ブドウの搾り滓をサイレージ化しさらに豆腐糟など地場食品副産物も混合して通年利用。
- 良質の完熟堆肥を生産し地元の果樹、耕種農家へ還元。
- 地域産業と有機的な連携を図り環境負荷の少ない持続可能な経営を実現。
環境負荷軽減優良事例調査-気候風土を活かし地域農業とともに持続可能な「甲州ワインビーフ」生産牧場の取組み-
ライブストック・ビズ 代表 酒井 豊
1.はじめに
紹介する牧場は、地域ブランド「甲州ワインビーフ」、「甲州牛」を生産する県内最大規模の肉用牛経営です。果樹王国である山梨県の利を活かし、秋の収穫期になると、地域の未利用資源であったブドウ糟を、バンカーサイロに充填・圧縮しサイレージとして保存します(図1)。乳酸発酵が進んだブドウ糟サイレージをベースに、おからなどの常時搬入される地元食品副産物や導入したコーン・麦などと「飼料給食センター」(平成6年地域畜産活性化総合対策事業で整備)において混合することにより、飼料費の低減を図りつつ、消費者から評価の高い牛肉を安定的に生産しています。地域の畜産農家、果樹農家、耕種農家との連携を密に、アイデアと行動力で、地域の要として環境負荷軽減にも積極的に取り組む経営です。

図1.ブドウ糟を充填・圧縮したバンカーサイロ
2.地域概況
牧場の立地する甲斐市は、山梨県北西部にあり人口は約7万6千人。県内では甲府市に次いで2番目に大きな市です。南部は住宅地と農地が混在する平坦な地域で、北部の森林地域は昇仙峡などの景勝地や自然条件を利用した果樹栽培やワイン製造なども盛んで観光地としても魅力のある地域です。甲斐市は、令和5年に脱炭素先行地域「”隗(甲斐)より始めよ”人と資源の循環モデル ゼロカーボンロードで「めぐる」自然とワイナリー」に認定されています。
3.経営概況
牧場は、標高1,000~1,200mの斜面に立地しています。開拓跡地を活用し酪農を開始しており、平成3年法人化を契機に肉用牛経営にシフトし、地形を巧みに利用して規模拡大を図ってきておられます(図2)。現在は、交雑種約1,100頭、黒毛和種約300頭を飼養する大規模肥育経営となっております。出荷月齢は、交雑種は24か月齢、黒毛和種は27から28か月齢となっています。
飼料の低コスト化と牛肉の高付加価値化を目指して、ブドウ糟のサイレージを1、毎日購入している豆腐糟を3、その他配合飼料等を6の割合を基本とし飼料給食センターに設置してある大型の攪拌機で混合し給与しており、飼料コストの大幅な削減が図られています。
厳しい畜産情勢の下、子牛市場、食肉市場等の最新情報に細心の注意を払いながら、子牛は地元のみならず隣県の市場からも導入しており、交雑種と黒毛和種の導入比率も市況・需給等によって変動させているとのことです。また、地元の食肉市場を最大限活用しつつも需要に応じて相対取引も取り入れることで、需給バランスを調整しています。
経営者は、甲州牛・甲州ワインビーフ推進協議会の副会長として、また県指導農業士として、次代を担う農業者の育成にも積極的に取り組んでおられ、従業員9人のうち1人は女性を採用しフィールドでの活躍を応援されておられます。

図2.小林牧場の全景(パンフレットより複写)
4.「安心」、「安全」、「美味しい」牛肉の提供
平成14年から直販への取り組みも始め、生産現場の安心・安全に向けたこだわりを消費者に直接伝えることに努め、平成16年生産情報公表JASの認定を受け、生産履歴情報や給与飼料情報を公開することなど消費者向けのアピールに努めています(図3、図4)。
さらに、「山梨の自然から生まれた極上の美味しさ」をキャッチフレーズに、牧場の直売センターを甲斐市、甲府市、南アルプス市に展開し、安定的な価格で消費者に牛一頭のどの部位でも希望により提供できる体制を整えています。
これらの消費者向け周知・サービスの結果、ネット市場、47クラブでも人気商品となっており、直販と相まって安定的な需要を確保しています。

図3.衛生的な育成牛舎

図4.明るく換気に優れた肥育牛舎
5.SDGsへの取り組み
我が国では、年間10億トンもの農業廃棄物が焼却等で処理されているという現状があります。そのうち、食品副産物(農産物残渣も含む)の多くは家畜の飼料として十分な栄養を含み、生産コストを抑えながら低酸素な代替品を従前の飼料源に効果的に置き換えることができます。地元で発生する食品副産物であるブドウ糟、豆腐糟などを積極的に活用することで、飼料コスト低減に資するだけではなく、原料・飼料輸送等から発生する温室効果ガスの削減という視点においても、環境にやさしい取組になっています。
また、長野県佐久地域の柿の食品副産物(メタン削減効果があるとの報告があります)の活用も試みるなど積極的に食品副産物の活用に取り組んでいる姿勢は高く評価されます。
栄養管理技術の向上等を背景に肥育期間は比較的短く、農研機構荻野先生の報告に当てはめると、温室効果ガス排出量は数%程度削減されていると見込まれます。
加えて、2式導入しているロータリー式強制好気性発酵施設(図5)は、温室効果ガスのうち大気中の寿命が長くとどまり温暖化係数が298(気象庁HP)と高い一酸化二窒素(N2O)を大幅に削減できます。強制好気性発酵は、堆積発酵に比べてN2O排出係数(単位:g-N2O/g-N)が、1.60%から0.25%に低下することが報告されており、牧場では、堆肥処理過程における温室効果ガス排出量について相対的に8割強の削減が図られています。

図5.ロータリー式強制好気性発酵施設
6.行政・関係機関等の支援
甲州ワインビーフの歴史を見ますと、ブドウ糟を配合飼料に混合して出荷を始めた生産者の技術的支援として、平成元年頃から山梨県酪農試験場(現山梨県畜産酪農技術センター長坂支所)の研究課題として「ブドウ糟・豆腐糟の混合サイレージの飼養調整試験・給与試験」を、交雑種を対象として実施し「飼養管理マニュアル」を作成し普及を図ったことが、今日の甲州ワインビーフの技術的基礎となっています。さらに試験場がロゴマークを作成し消費者向けのアピールも支援してきたという経緯があります。
生産者組織の発展経緯を見ると、(株)山梨食肉流通センター等の支援を受けて甲州ワインビーフ生産普及組合が組織され、この牧場を含む3戸で敷島肉用牛生産組合を組織されてきましたが、行政・関係機関の指導の下、甲州牛生産者とも大同団結し「甲州牛・甲州ワインビーフ推進協議会」を組織して活発な活動を行っています。
7.むすびに
山梨県は、牛の受精卵移植技術について、わが国の黎明期から積極的に取り組んでおり、県畜産酪農技術センターにおけるOPU、IVF等の技術水準は極めて高位にあります。また、県内の支援組織として、畜産関係機関、JA全農やまなし、畜産協会、肉用牛振興機関、担当者等で構成する「山梨BGM研究会」(BGM=ビーフ元気に盛り上げよう)を組織し、振興方策の検討、連絡調整及び情報交換を行っています。
このような技術的、組織的支援の下、「甲州牛・甲州ワインビーフ推進協議会」に集結した肉用牛経営が、酪農経営、耕種経営、果樹経営とも有機的な連携を図りながら、環境負荷の小さい持続可能な農畜産物生産地域として発展を続けて行くものと思います。