生産地の取組み

環境負荷軽減優良事例調査
-JA鹿児島経済連の環境負荷低減に向けた取組み

(一社)日本草地畜産種子協会の高橋主幹に、黒毛和種去勢牛の短期肥育や温室効果ガス排出量削減に向けたボランタリークレジットの構築に向けた取組みを行うJA鹿児島経済連に出かけていただきました。


ポイント
  • 黒毛和種去勢牛の短期肥育について実用規模で実験(取組み2年目)。
  • 25か月齢出荷を目指してデータを蓄積・分析中で大きな課題もなく肥育成績も良好。
  • 温室効果ガスの削減に向けた民間主導の削減のボランタリークレジット(K-モデル)の構築・普及に向け民間企業や大学と共同でプロジェクトを開始。


環境負荷軽減優良事例調査-JA鹿児島経済連の取組み-


(一社)日本草地畜産種子協会九州試験地主幹 高橋博人

1.はじめに


我が国においては、地球規模での課題である気候変動問題の解決に向けて、政府全体で2050年のカーボンニュートラル、2030年度の温室効果ガス46%削減目標(2013年度比)が設定され、農林水産省においても、「みどりの食料システム戦略」及び「みどりの食料システム法」に基づき、環境負荷低減の取組を推進しています。畜産業においても、温室効果ガスの削減等、調達、生産、加工・流通、消費の各段階における環境負荷低減の取組を通じて、将来にわたって持続可能な食料システムの確立に貢献する事が求められています。

今回、環境調和型持続的肉用牛生産体制構築に向けた、JA鹿児島県経済連(以下、「鹿児島経済連」)の取組(短期肥育とボランタリークレジット)について調査する機会を得たので、その概要を報告します。


2.JA鹿児島県経済連いぶすき肉用牛実験センターの短期肥育の取組


1 施設の概要

  1.  JA鹿児島県経済連いぶすき肉用牛実験センター(以下、「いぶすき実験センター」)は、南九州市頴娃町御領の畑作地帯にあり、現在は黒毛和種去勢肥育牛570頭を、全て短期肥育牛(目標は25か月齢出荷)として飼育しています。当センターは、平成24年6月から運営を開始しており、牛舎15棟、堆肥舎2棟、飼料倉庫等6棟が、まとまって配置されています(写真1)。基本肥育牛を、牛舎単位のオールイン・オールアウト方式で管理しており、県内各地の市場から素牛を導入、配合飼料の開発・飼養管理技術の研究等による県内肥育農家の経営力向上を目的とし、鹿児島県黒牛のブランド力強化も目指して、実用規模での調査・研究に取り組んでいます。
  2.  従業員は全て常勤で4名。曽於、肝属市場を中心に、大島、種子島市場等から年間約400頭を7~10か月令で導入、鹿児島経済連における黒毛和種の短期肥育の取組実証地として、昨年度から短期肥育に取り組んでいます。以前は雌牛肥育も行っていましたが、現在は全て去勢牛での取組です。
  3.  飼料は全て購入で、濃厚飼料は短期肥育試験用の特注飼料(マル試短期肥育F)で、粗飼料は輸入(豪州産)のオーツヘイ、ウイートストローを基本とし、繊維不足時や整腸剤として、これも輸入(タイ産)のバガスを利用しています。牛床は鋸屑で、糞尿は近隣堆肥センターで処理しており、完熟した堆肥は、地域のお茶農家(知覧茶のブランド)等が活用しています。

写真1.鹿児島県経済連いぶすき肉用牛実験センター全景


2.短期肥育(出荷月齢の早期化)への取組


1 短期肥育について

令和2年3月公表の「家畜改良増殖目標」においては、黒毛和種去勢肥育牛の現在(当時)の肥育開始月齢9.2か月、肥育終了月齢29.5か月について、令和12(目標)年度において8か月齢肥育開始の、26~28か月齢肥育終了とすることとしており、肥育開始月齢を1.2か月、肥育終了月齢を3.5~1.5か月短縮する、との目標を掲げています。

肥育開始月齢の早期化や肥育期間の短縮による出荷月齢の早期化(早期出荷)は、低コスト生産や適度な霜降りで値頃感のある牛肉生産に有効な手段であることは、これまでも多くの調査・研究成果が報告されています。また、一般的に早期出荷(肥育期間の短縮)は、「しまり・きめ等の肉質や食味が劣り、枝肉重量も取れにくくなる」と言われていますが、「枝肉重量等に有意な差はなく、しまり・きめや食味においても、変わりはない」との試験研究結果も報告されています(第60回肉用牛研究会福島大会プログラム・要旨集P44~48「黒毛和種去勢肥育牛の26か月齢出荷の試み」(独)家畜改良センター阿部剛ら)。

しかしながら、生産・流通側では、肥育期間が長くなるほどサシが入り、肉質が良くなる(高く売れる)との考えが根強く、肥育期間の短縮は、国(農水省)が長年訴えてきているものの、生産現場では実現されていません。

平成20年度以降の、牛の個体識別情報に基づく黒毛和種去勢牛のと畜月齢の推移をみると、平成20年度から平成27年度にかけて、枝肉価格の上昇を背景として低下傾向にあったと畜月齢は、その後、枝肉単価が横ばいとなる中で、更なる単価向上を目指して、上昇傾向に転じました。しかし、令和3年度以降は、配合飼料価格の上昇等を背景として、低下傾向で推移していますが、令和5年度で28.5ヶ月齢と、目標には届いていません(図1)。
生産性の向上・肥育期間の短縮は、肉用牛におけるGHG削減技術として最も基本的かつ確実で有効な技術であることは論を待たず、現在検討中の酪肉近や改良増殖目標においても、引き続き「肥育期間の短縮(出荷月齢の早期化)」が目標として掲げられるべく検討されており、令和7年春には、新たな改良増殖目標が公表される予定です。


図1.と畜月齢の推移(黒毛和種去勢牛)



2 いぶすき実験センターでの取組

  1. 短期肥育の概要
     いぶすき実験センターでの短期肥育・早期出荷の取組は令和5年度からで、出荷は1クールが終了した所であり、今後、多くのデータ、知見が収集・分析されることとなります。
     訪問(令和6年12月)時点での現状は、肥育もと牛の導入月齢は7~10か月齢と幅があり、導入先は、関連施設である知覧肉用牛繁殖センターから年間80頭、その他県内離島市場(種子島、大島)も含めた8市場から、令和5年度で年間合計388頭の導入となっています。全て去勢牛での導入であり、血統は特に指定等は無く、市場出荷牛の中から2人の購買専門職員により導入されています。県経済連としての使命(地域畜産の振興)を果たしながら、将来を見据えた実験の取組、と理解しました。
     直近における肥育期間短縮牛の成績(令和6年9月、10月出荷分)は表1の通りです。

     【表1 肥育期間短縮牛の成績(令和6年9月、10月出荷分)】

    肥育
    期間
    出荷
    頭数
    出荷
    体重
    枝肉
    重量
    ロース
    芯面積
    バラの
    厚さ
    皮下
    脂肪
    歩留
    基準値
    BMSNo
    17か月 88頭 779kg 484.5kg 59.8cm 7.7cm 2.5cm 74 6.8

  2. 現時点での評価等
     直近の出荷成績(JA食肉かごしま)としては、まだ頭数は少ないものの、23か月齢(10頭)、24か月齢(21頭)出荷の上物率は100%でした。給与濃厚飼料の詳細(原材料名や配合割合等)については、現在調査検討中との事で非公開でしたが、肥育期間を通して1種類の飼料給与であり、効率的かつ低コストの生産体系の確立を目指しています。
     生産性向上の視点で見ると、令和6年度(10月末まで)の死亡頭数は2頭と、前年度の5頭と比較して減少しています。肥育期間中の事故・へい死頭数が多いと、それだけ生産(出荷)頭数当たり(生産物㎏当たり)のGHGも増大する事から、大きな問題となります。いぶすき実験センターは、肥育牛1頭当たりの飼養面積に余裕があり(牛舎により1~4頭/ペンでの飼育)、牛舎環境は良好で、訪問時にも牛は落ち着いており、臭いは全く気になりませんでした(写真2,3,4)。
     肥育期間短縮の効果として、鹿児島経済連直営農場の平均肥育日数は572日(18.8か月齢)ですが、456日(15か月齢)肥育(116日短縮)で出荷したケースでは、飼料費だけでも1頭当たり約71千円(1日1頭当たり飼料費612.67円×116日=71,069.72円)のコスト低減効果と試算されています。
     いぶすき実験センターでは、生産・流通上の壁がある中、多様化する消費者ニーズに対応していくため、出荷までの肥育期間を短縮する事によって、牛の回転率を上げ、必要な労働力や人件費を含めた固定費もおさえながら、生産コストの削減による短期肥育試験に取り組んでいます。コストの低減と共に、1頭当たり(生産物㎏当たり)のGHG排出量も減少していると見込まれる事から、この技術体系の確立とその普及定着が望まれます。

写真2

写真3


写真4


3.ボランタリークレジットへの取組


  1.  国内では、国が主管するJクレジット制度が知られていますが、ボランタリークレジットとは、民間主導によるカーボンクレジット制度で、欧米を中心に国際取引できるクレジットとしてその市場規模が拡大しています。
     ご案内の通り、現在Jクレジット制度全体では70の方法論が承認されており、農業分野では「水稲栽培における中干し期間の延長」等6件、うち畜産分野では、「牛・豚・ブロイラーへのアミノ酸バランス改善飼料の給餌」、「家畜排せつ物管理方法の変更」、「肉用牛へのバイパスアミノ酸の給餌」の3つの方法論が承認されています。
     
  2.  鹿児島経済連と(株)Linkhola、(株)AmaterZ、国立大学法人九州大学は、豊かで環境に優しい持続可能な畜産を営むことができる未来畜産の実現に向け、鹿児島経済連における「未来畜産GHG排出量削減―Kモデル」の構築・普及に向けた取り組みを2024年7月から開始する、と公表しました。このプロジェクトは、豊かで環境に優しい持続可能な畜産に向けて、脱炭素、ESG、SDGs、アニマルウエルフェア、そして働く人々に関する社会問題等に取り組むことで、鹿児島や日本の牛・豚・鶏の素晴らしさと食文化を国内や世界の人々に知って頂く事を目指しています。
     
  3.  本プロジェクトでは、Jクレジットにおける「牛・豚・ブロイラーへのアミノ酸バランス改善飼料の給餌」の方法論を参考に、鹿児島経済連が試験農場の運営・管理、Linkholaは方法論の立案及びクレジット化システム、AmaterZはデータモニタリングによるGHG排出量評価フォーマット、九州大学は新方法論及び国内GHGにおける助言を担当する、との役割分担の下、既に牛と豚においては、鹿児島経済連傘下の実験農場において、メタンガスの測定等が実施されている、との事でした。
     
  4.  鹿児島経済連としても初めての取組であり、各機関と連携を図りながら、手探りの状態でこのプロジェクトを進めているとの事で、現時点での進捗状況等の情報は公表されていません。調査研究結果の取り纏め、公表を待ちたいと思います。

4.まとめ

最近の世界的な気候変動(異常気象の多発)問題は、我が国においても、この夏の猛暑と高温の長期化、各所で頻発するゲリラ豪雨等、身近で、誰もが実感できる大きな問題となっております。GHG削減に向けて出来る事、やるべき事は何か、Jクレジット制度は、目に見える形で、GHG削減が経済的価値として評価・還元できる有効な政策手段であり、農業・畜産分野においても、いわゆる自然由来の排出削減・吸収クレジット(自然系クレジット)の創出・拡大への期待が高まっています。

しかしながら、自然系クレジットの課題としては、1件(農家)当たりのクレジット創出量が小さい事、取引量が少ない事、データの収集解析が容易ではない事等により方法論確立のハードルが高い事等が挙げられ、大きな広がりにはなっていないのが現状です。

柔軟な取組が可能な、民間主導のボランタリークレジットの進展は、上記課題への対応として大きな力になると思われ、鹿児島経済連のK-モデルの動向、結果等の公表が待たれます。

また、肉用牛生産の現場で出来る、最も適切・確実な温暖化対策は、無駄を省き、効率的に生産する事であり、肥育技術で言えば、肥育期間の短縮、事故率の低減、生産性の向上であります。今回報告した、鹿児島経済連の取組により、現場からの説得力のあるデータ・情報の提供等が行われ、流通・消費関係者も含めた理解の進展により、短期肥育が、肉用牛生産体系の中心(基本)的技術となる事を期待したいと思います。