生産地の取組み

環境負荷軽減優良事例調査-佐賀県における黒毛和種肥育生産の1事例

京都大学大学院農学研究科の大石先生が、日本草地畜産種子協会九州試験地の髙橋主幹とともに、近隣との耕畜連携により飼料、堆肥を循環させている佐賀県の農場に出かけてきました。


佐賀県の農場の概要

飼養頭数約220頭の黒毛和種スモール導入・肥育(4か月齢で導入)、年間出荷頭数約110頭

自家圃場(12ha)で堆肥還元による稲WCS、大麦WCS生産、化学肥料の追肥なし

堆肥交換、田植えなどの作業受託により近隣から稲わらを調達(50ha)


環境負荷軽減優良事例調査-佐賀県における黒毛和種肥育生産の1事例-


京都大学大学院農学研究科
大石 風人


1.はじめに

近年、地球温暖化問題を初めとして環境問題への関心が世界的に高まっており、家畜生産においても排出される環境負荷物質の低減が強く求められている。特に養牛生産は反芻由来のメタンによる地球温暖化への影響が大きいと言われ、なかでも肉用牛生産は乳の生産が無いため生産物あたりで見ると環境負荷がより大きくなる。わが国の慣行的な肉用牛肥育生産は濃厚飼料を多給する生産システムであり、可消化養分総量ベースの場合、肉用牛肥育生産における濃厚飼料利用割合は9割近くに達し、そのほとんどを国外からの輸入が占めている(参考文献1)。そのため、国外からの飼料輸送時における環境負荷物質の排出が地球温暖化のみならず酸性化や富栄養化といった環境負荷への影響を強める要因となる。また輸入飼料への依存はその分の窒素やリンといった栄養素を国内へ持ち込むことになり、その飼料を利用して生産された家畜のふん尿を介して、結果として余剰な栄養素が蓄積され環境問題を引き起こす要因となる。これらのことから、肉用牛肥育生産においても、国産飼料の利用を促進し、また国産飼料生産に対して肥育生産からの堆肥を有効に利用することが求められる。

そこで本報告では、自家圃場への堆肥還元による粗飼料生産および近隣の農家との稲わらと堆肥の交換により粗飼料を調達している佐賀県の黒毛和種肥育農家の1事例を紹介し、環境負荷軽減に繋がる黒毛和種肥育生産のあり方について概説する。




2.農家の概要

調査対象である肥育農家の肥育成績概要を表1に示す。当牧場では家族経営により以前は交雑種も対象としてスモールでの導入から肥育生産を行っていたが、その後、粗飼料の生産と調達を開始し、現在では約220頭規模の黒毛和種牛に対して、地場調達した粗飼料を利用してスモール導入・肥育生産を行っている。一般的な黒毛和種肥育農家では8~9か月齢の肥育素牛を導入するが、スモールで導入する当牧場では4か月齢・体重130~140kgほどで肥育素牛の導入を行い、育成段階も含めて飼養されている(図1A参照)。なお素牛の多くは熊本県の市場からスモール子牛として導入されており、29.5か月齢ほどまで肥育を行い近隣の市場に出荷している。出荷頭数としては令和3年度において去勢101頭に対し未経産めす4頭であり、ほぼ去勢となっている。なお令和3年度での事故頭数は2頭と少ない。当該地域では肉質等級をもとに佐賀牛がブランド牛として認定されているが、当牧場の枝肉成績は、去勢の場合、枝肉重量が513.0kg、上物率(4・5等級割合)が95%、A級率が96%となっており、優れた成績を示している。


表1 肥育成績概要(令和3年)

  去勢 めす
出荷頭数(頭) 101
導入体重(kg) 143.1 129.8
導入日齢(日) 111 126
肥育日数(日) 774 735
出荷月齢(か月) 29.1 283
出荷体重(kg) 769.6 662.8
枝肉重量(kg) 513.0 428.0
枝肉歩留(%) 66.6 64.5
日増体量(kg) 0.809 0.725
4・5等級率(%) 95.0 100.0
 うち5等級率(%) 67.3 25.0
A等級率(%) 96.0 75.0

図1 スモールでの導入後の牛(A)と生産された稲および大麦WCS(B)


ここで最も特筆すべき当牧場の特徴として、率先した堆肥利用による粗飼料の生産および近隣からの調達が挙げられる。当牧場では12haの自家圃場に肥育生産で得られた堆肥を還元し、稲ホールクロップサイレージ(以下WCS)および大麦WCSを生産している(図1B参照)。なお、その際に化学肥料による追加の施肥は行っていないということである。また近隣の稲作農家に対し、堆肥交換の他、田植えや代掻き、サブソイラによる透・排水性の改善などの様々な作業受託を行うことで、50ha分の稲わらを調達している。粗飼料の給与形態としては、導入された素牛に対し、初めの2か月は近隣より調達した稲わらの他に購入粗飼料としてヘイキューブを給与しているが、その後は13か月齢ほどまではヘイキューブの他に稲WCSおよび大麦WCSを併用し、それ以降は20か月齢ほどまで稲WCSおよび大麦WCSのみの給与、さらにそれ以降は稲わらを給与している。ちなみに、黒毛和種肥育の場合は肉質向上を目的として適切にビタミンAをコントロールすることが一般的となっているが、当牧場ではWCSを作る際に刈り取り後にある程度天日乾燥させて乾草に近い状態にしてからラッピングを施し保管しているということで、この予乾処理によりビタミンAのもととなるWCS中のβカロテン含量をある程度低減することができているのではないかと考えられる。実際、過去の試験研究において梱包前半日~1日の天日乾燥により稲WCSのβカロテン含量が無予乾処理の稲WCSの1/2~1/3程度に減少させることができたと報告されており、黒毛和種肥育牛への稲WCS給与マニュアルとして、特に肥育中期に稲WCSを給与する場合の注意点として示されている(参考文献2)

また、敷料はおがくずを主体としてマイタケ廃菌床も少量利用しているが、おがくずは近隣からの無償での調達を実現しており、廃菌床も近隣県より安価で調達できている。そのため、敷料交換を週に最低1回実施しているとのことで、清潔な牛床環境を維持できていると示唆される。




3.栄養素の循環利用の観点から

はじめに示した通り、現在のわが国の肉用牛肥育生産は輸入飼料に依存した多投入型であり、また堆肥を有効に圃場還元しない限り、窒素やリンといった栄養素は農場の中で循環利用されず外部へ余剰栄養素として排出される。それに対し、わが国の伝統的な稲作と肉用牛生産が連携したシステムでは、肉用牛生産から排出される家畜ふん尿を堆肥として耕地に還元し、稲作の副産物である稲わらを飼料として利用することで、稲わらと堆肥を介した栄養素の循環が成り立っていた。そのような稲作と肉用牛肥育の複合生産システムに対して1事例農家の生産情報をもとに実施した栄養素循環に対するシミュレーション評価によると、栄養素循環がある複合生産システムは循環の無い慣行の肉用牛肥育生産システムと比較して特に窒素のロスが軽減し利用効率が向上することが示されている(参考文献3)。この報告はあくまで稲作-肉用牛肥育複合生産農家の一事例をもとにしており、稲副産物や堆肥の利用状況など様々な設定条件で当牧場とは生産システムが異なるが、少なくとも栄養素循環のある複合生産システムの方が栄養素のロスや利用効率の面で優れていることから、自給粗飼料を積極的に利用し堆肥を還元している当牧場に対しても同様のことが言えると考えられる。




4.環境影響評価の観点から

家畜生産システムに対する環境影響評価の手法として、ライフサイクルアセスメントを用いた研究がこれまで国内外で数多く報告されてきた。この手法は、家畜生産システムに対しては、飼料生産段階から飼料輸送、畜舎管理、家畜生体由来、排せつ物処理の各プロセスで発生する環境負荷物質の排出量を積み上げ式で評価するものであり、わが国の肉用牛生産に対しては、黒毛和種の肥育生産(参考文献4、5)や繁殖生産(参考文献6、7、8)のほか交雑種肥育生産(参考文献9、10、11)などに対しても評価例がある。環境影響評価の項目としては、地球温暖化のほかに酸性化や富栄養化などが挙げられる。そこでここでは、環境影響評価の観点から当牧場の生産システムに対する考察を行う(図2参照)。


図2 当牧場の肥育生産システムに対する地球温暖化影響の概要(他の肥育生産システムに対する報告例(参考文献10)を基に作成)

点線の長方形は評価する生産システムの境界、その中の長方形は評価対象の各プロセスを示す。当システムでは輸入濃厚飼料の他は多くが地場で調達した粗飼料を用いていることから、国産飼料輸送からの負荷はわずかと考えられるため上図ではプロセスとしては示していない。また、通常の肥育生産システムでは堆肥化後の堆肥輸送は評価外とするのが一般的だが、当牧場のシステムでは堆肥もシステム内で循環利用することから(点線の矢印)、その輸送段階での環境負荷も少なくなると考えられる。


慣行の肥育生産システムでは飼料の多くが国外からの輸入飼料であるため、その輸送段階での排出が多大なものとなる。対して当牧場では、ヘイキューブや濃厚飼料原料は輸入飼料だが、その他の粗飼料は全て地場で生産・調達しているため、その輸送段階での排出はとても小さいものと考えられる。また、それら粗飼料生産において堆肥を十分に活用してシステム外からの化学肥料の投入を抑えることで、飼料生産段階での環境負荷の低減に繋がっていることも示唆される。ただし地球温暖化への影響については、他の粗飼料生産と比べると稲WCSは生産段階での水田由来のメタン排出の影響が大きく環境負荷が大きいことが報告されており(参考文献12)、当牧場の特徴である多量のWCSの生産・利用が粗飼料生産段階全体での環境負荷にどのように影響するかは詳細に評価する必要がある。一方、排せつ物処理における堆肥化過程以降の堆肥の運搬・利用については通常はシステムの評価外であるが、自家圃場(図3参照)が無く近隣の耕種農家にも堆肥還元ができない場合、その堆肥の広域輸送においても排出が大きくなると考えられる。余剰堆肥の利活用についてはわが国の様々な地域で課題となっており、そのような地域では余剰な家畜ふん尿の集中蓄積を堆肥の広域流通などで何とか改善することが重要である。そういった状況と当牧場とを比較すると、自家圃場(図3参照)を持ち、また近隣の耕種農家との協力で有効に堆肥を利用できることは、環境負荷低減型の肥育生産を実現可能とするための優れた立地条件であると言える。


図3 農場に隣接する自家圃場(大麦作付け中)




5.おわりに

本報告では佐賀県の1黒毛和種肥育農家の事例を元に、自家生産ないし近隣耕種農家から粗飼料を調達して利用し堆肥をそれら農地に有効に還元して資源循環を構築することで、窒素などの栄養素の利用効率向上とロスの低減に繋がり、また特に飼料輸送段階での環境負荷物質の排出が抑えられることで、結果として環境負荷を低減することが可能となることを概説した。ここではおわりの言葉として、当牧場の生産システムにおいて今後さらに有効に環境負荷を低減するためにはどのような検討事項が考えられるかを、肥育生産システムにおける環境負荷低減方策として幾つか示す。

第一に、肥育期間の短縮が挙げられる。当牧場は平均29.5ヶ月齢で出荷を行っており黒毛和種肥育としては一般的な値だが、令和2年家畜改良増殖目標(参考文献13)でも将来目標として平均26ヶ月齢での出荷を推奨している。黒毛和種の肥育仕上げ期としては、脂肪交雑向上のためにどうしても肥育期間を延ばす傾向が見られるが、同時に、近年ますます高騰している飼料費が加算されるため経済的にももう少し早期出荷を検討することも可能と考えられる。特に今回のテーマである環境負荷の低減という観点からは肥育期間短縮(早期出荷)は有効な手段であり(参考文献14)、例えば1頭の出荷牛あたりで見れば、1ヶ月出荷を早めるだけで、その期間中に利用する飼料の生産・輸送段階での排出や排せつ物処理段階での環境負荷物質の排出を、さらに地球温暖化影響に対しては反芻由来のメタンの排出も減らすことになるため、その効果は大きい。当牧場はスモールでの素牛導入を行うことでじっくりと育成~肥育を管理できるとのことから、少しでも出荷を早めることは可能と考えられる。

第二に、エコフィードといった農業・食品副産物飼料を近隣からの地場産の濃厚飼料原料として調達し、それを少しでも利用できないかという点である。当牧場は自給粗飼料の利用という点で優れていると考えられるが、一方の配合飼料については慣行の購入飼料を用いており、それらの原料はほぼ国外からの輸入となっている。実際、スモールでの導入により育成期を含む当牧場の例を見ても、4か月齢での素牛導入から出荷までの総飼料給与量に対する配合飼料の割合は原物換算で約75%である。肥育飼料の変更は出荷成績に関わるため簡単には実施できないかもしれないが、当牧場は育成~肥育前期は既存の配合飼料をベースとした自家配合飼料を用いていることから、まずはその際の配合原料の一部でもエコフィードを活用することができれば、大幅な環境負荷軽減に繋がると考えられる。


参考文献

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