生産地の取組み

環境負荷軽減優良事例調査-岡山県の黒毛和種繁殖肥育一貫経営の事例

農研機構西日本研究センターの堤先生、日本草地畜産協会の放牧アドバイザー梨木先生に、地元産の飼料資源の活用や周年親子放牧などを行う岡山県T牧場に出かけていただきました。


岡山県T牧場の概要

所在地:岡山県新見市

飼養頭数:1,500頭、年間出荷頭数:450頭

ブランド牛(千屋牛)の繁殖一貫経営

周年親子放牧、一貫経営

地元産の稲わら、稲WCS,飼料米サイレージや、おから、酒粕などのエコフィードを活用


環境負荷軽減優良事例調査:岡山県T牧場


農研機構西日本農業研究センター
堤 道生


1.はじめに

わが国の肉用牛生産の特徴として、濃厚飼料が多給され、さらにそのほとんどを輸入に依存していることが挙げられる。慣行肉用牛生産で排出される温室効果ガス(GHG)は、その4分の1程度が飼料の輸送によるものである(図1参照)にもかかわらず、輸入飼料への依存度がわが国よりも低い各国と同等の水準にある。この背景には、繁殖・肥育ともにわが国の肉用牛生産技術が高い水準にあることが考えられる。したがって、飼料自給を高めつつ、生産効率の維持あるいはさらなる向上ができれば、GHG排出量をはじめとする環境負荷を、各国と比較しても低い水準まで軽減することが可能となる。

図1 慣行肉用牛生産における環境負荷(枝肉重量あたり)の各項目に係る各プロセスの寄与(Tsutsumi et al. 2018 を基に作成)

:飼料生産、:飼料輸送、
:消化管活動(反芻)
:その他(飼料給与、排泄物およびその処理、畜舎の照明など)


T牧場は岡山県新見市に所在し、黒毛和種牛繁殖肥育一貫生産を営む、飼養頭数1500の大規模農場である。ここでは同牧場の環境負荷軽減につながる取り組みを紹介するとともに、今後さらに環境負荷軽減を達成するための方策を記す。




2.繁殖システム

当牧場における繁殖雌牛の分娩間隔は385日と全国平均400日を下回る。また、1頭あたりの産子数も9.5と多い。分娩間隔が短いほど、産子数が多いほど子牛1頭の生産に係る環境負荷が各項目で軽減されることが知られている。さらに、子牛の死亡率も2.4%と低い水準となっており、当牧場のもつ高度な繁殖技術が環境負荷軽減につながっているものと見られる。

繁殖雌牛は多くが放牧飼養されており、一部では周年親子放牧も導入されている。ただし、放牧地からの飼料供給は限定的と見られ、外部からの粗飼料給与に依存している。主たる給与飼料は県内産イネホールクロップサイレージ(WCS)である。高栄養の自給飼料を活用することで、濃厚飼料給与量の削減が可能となり、その結果、飼料輸送に係る環境負荷が軽減される。ただし、水田からのメタン(CH4、温室効果ガス)排出のため、イネWCSの給与はGHG排出量削減にはつながらないことに注意が必要である。舎飼いでは堆肥化の過程で一酸化二窒素(N2O、温室効果ガス)やアンモニア(NH3、酸性化・富栄養化に寄与)が発生するが、放牧ではこれらの排出量が減少する。一方、一般的に放牧下では舎飼いと比較して乾物摂取量が増加するため、反芻時に発生するメタンが増加するが、当牧場ではイネWCSなど一定の補助飼料を与えているため、メタン排出量の増加量は多くないものと考えられる。また、放牧導入による繁殖成績の低下や子牛の損耗も認められない。したがって、放牧の導入は全体として環境負荷各項目の軽減に寄与していると推察される。



親子放牧(冬)T牧場提供




3.肥育システム

当牧場の枝肉成績は大変優秀であり、上物率(去勢)は97%(5等級74%、4等級23%)を誇る。枝肉重量は513kgであり、全国平均510kg と同等であるが、出荷月齢が27.9か月と一般的な29か月より1か月も早いことに注目したい。当牧場は肥育素牛のほとんどを自家生産子牛が占める繁殖肥育一貫経営であるため、育成から肥育へのスムーズな移行がなされていると考えられる。すなわち、外部からの子牛導入時にありがちな「飼い直し」を必要とせず、肥育期間を通じた順調な増体が達成されているものと推察される。また、親子放牧で育成された子牛は肥育時の増体成績が良いということであり、これも特筆すべき点である。肥育期間の短縮により、枝肉重量あたりの環境負荷が各項目で軽減されることが知られている。繁殖システムの場合と同様に、当牧場のもつ高度な肥育技術が環境負荷軽減につながっているものと見られる。

肥育牛に給与される自家配合の濃厚飼料には、一部エコフィードが活用されている。エコフィードの原料はキノコ培地(コーンコブ)、おから、米ぬかおよび酒粕であり、これらは県内あるいは隣県から供給されている。肉用牛生産を含むわが国の畜産では輸入飼料の輸送に係る環境負荷が大きいことが課題であるが、エコフィードの利用により飼料輸送だけでなく飼料生産に係る環境負荷も同時に削減することができる。さらに、県内産のもみ米ソフトグレインサイレージも自家配合に含まれている。これらの取り組みにより、輸入濃厚飼料の給与量は慣行と比較して大幅に削減されており、輸入濃厚飼料の生産・輸送に係る環境負荷も大幅に軽減されているものと考えられる。



稲わら T牧場提供



牛舎とフレコンバック(手前がキノコ培地で奥はSGS) T牧場提供




4.おわりに

ここまでに示したとおり、T牧場では、放牧の導入やエコフィードの利用といった環境負荷軽減に向けた直接的な取り組みだけでなく、高度な技術に裏打ちされた繁殖・肥育を通じた高い生産効率が環境負荷の軽減につながっていると考えられ、大変優良な事例といえる。一方で、さらなる環境負荷軽減に向けた取り組みにも期待したい。現状では、育成牛および肥育前期向けの粗飼料(稲ワラを除く)を輸入に頼っており、繁殖雌牛向けの乾草も輸入に依存している。これらを自給に転換することでさらなる環境負荷軽減が達成可能であるが、高品質の輸入乾草を即座に自給飼料で代替することは困難と考えられる。まずは、放牧地の牧養力向上を図り、繁殖雌牛向けの乾草給与量を削減すること、親子放牧で育成する子牛を増やし、放牧地からの飼料摂取量を増加させることなどが考えられる。また、エコフィードの給与量の増量および給与対象の拡大も検討すべきである。