温室効果ガスの温暖化への影響を表す新しい指標GWP*について教えてください。
京都大学農学研究科名誉教授の廣岡博之先生に、「ウシのゲップによるメタン排出と地球温暖化の関係ー最新の科学的知見よりー」と題し、新たな地球温暖化係数GWP*(GWPスター)について解説をいただきました。
- メタンは二酸化炭素(CO2)などと違いわずか12年でCO2に変換される短寿命ガス。このためCO2と違いメタンの温暖化への影響は累積しない。
- さらに化石由来のものと違い、この変換されたCO2は植物に吸収され光合成により炭水化物となりウシが摂取するという炭素循環サイクルの中にある。
- 地球温暖化係数GWPは、 CO2を基準として単位質量当たりの一定時間内の温暖化への影響 を示したもの。
- 新たな指標GWP*は、大気中のメタン濃度による気温変化への影響を考慮したもので、その指標で計算すれば、日本では飼養頭数の増減や削減策を講じることでメタンの影響をほとんどなくなると考えることができる。
- 現在の日本の肉用牛の飼養頭数ではウシはそれほど地球温暖化に寄与しておらず、メタン排出の抑制策はさらなる温暖化の緩和に有効。ただし、牛肉輸出の増加などで飼養頭数が増えれば、ウシによるメタンの地球温暖化への影響は大きくなる可能性がある。
ウシのゲップによるメタン排出と地球温暖化の関係
―最新の科学的知見より―
京都大学農学研究科名誉教授 広岡 博之
素朴な疑問:ウシは本当に悪者なのか?!
近年、世界的に畜産による温室効果ガスの排出量が農林業由来の温室効果ガスの中で最も多く、その低減のための対策が求められています。世界の温室効果ガスの排出量は二酸化炭素(CO2)換算で590億トンにのぼり、そのうち農業が62億トンで全体の11%を占め、さらにその内訳をみるとウシなどの反芻家畜の消化管内発酵によるメタン排出量は農業からの排出量のうちの40%とその割合は大きく、このことから欧米を中心に家畜、特に消化管発酵由来のメタンをゲップとして排出するウシをはじめとする反芻家畜が地球環境問題の原因の一つとして問題視されてきました。
それに対して、日本の温室効果ガスの排出量は、2022年現在で11億3500万トン、そのうち農林水産分野の排出量は4.2%の約4790千万トンで、その内訳は、水田土壌中に生息するメタン生成菌によって酸素の少ない条件でメタンを発生する稲作が最も多く1307万トン、次いで家畜の消化管内発酵によるメタン生成が860万トンで続いています。しかし、世界の中で見ると日本のウシの頭数は少なく、メタン排出量も比べ物にならないほど低い水準です。また、ウシは、ずっと昔から、人々のために乳や肉などの食料を生産してくれ、また稲作など耕種作物の生産のため役用牛としてもパートナーとして労働を手伝ってくれました。ウシは人間が利用できない牧草や野草を利用して乳や肉などの食料に変換することの代わりにゲップとしてメタンを排出しており、ウシの側から見れば避けることのできない生理機能で、よく考えると責めるのはあまりにも気の毒な気がします。
しかし、そうはいっても、ウシがゲップとしてメタンを排出していることも確かで、日本でもウシからの消化管内発酵によるメタン排出量は、稲作に次いで第2位のメタン発生源となっているのも事実です。しかし、本当にウシからのメタンは地球の温暖化に影響していると言えるのでしょうか。欧米からの情報をそのまま鵜呑みにして、ウシを悪者扱してよいものでしょうか。ここでは、最新の科学的知見に基づいて、これまであまり報道されてこなかった事実について話すことにしましょう。
生物由来短寿命ガスとしてのメタン
地球の温暖化に関与するとされている主な温室効果ガスには、二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素(一酸化二窒素とも呼ばれています)、フロンガス類などがあります。この中で畜産が関わっている温室効果ガスと言えばメタンと亜酸化窒素です(呼気から排出される二酸化炭素はカーボンニュートラルと見なしてカウントしないのが一般的です)。ここでは特によく問題にされているゲップとして排出される消化管内発酵由来のメタンを対象に話すことにします。
ウシからのメタンについて考える場合の前提としてまず知っておいてほしい事は、メタンは二酸化炭素や亜酸化窒素と違って短寿命であるという点です。ウシから排出された生物由来メタンの炭素循環を図1に示します。ウシは炭素を含む植物を飼料として摂取し、ゲップとしてメタンを排出します。ウシから排出されたメタンは短寿命で、わずか12年で二酸化炭素に変換され、さらにその二酸化炭素は光合成によって植物体に炭水化物として蓄積され、それをウシがまた摂取します。このようにウシは生物由来の炭素循環サイクルの中にいます。これに対して、化石由来の二酸化炭素の場合、土の中にあった二酸化炭素は、人間によって人為的に掘り起こされて、そのような二酸化炭素が及ぼす地球温暖化への影響は1万年後でさえ残ると考えられています。また、温室効果ガスの一つである亜酸化窒素の寿命は平均123年(91年~192年)です。このように考えると炭素循環サイクルの中にあるウシの消化管由来のメタンの影響力はいかに小さいかが分かると思います。そして、同じ温室効果ガスと言ってもメタンを他のガスと同列に取り扱うことがいかに正しくないかを理解してもらえると思います。

図1 ウシから排出されたメタンに関する炭素循環サイクル(広岡 2025)
広岡博之. 2025. ウシからの消化管内発酵由来のメタン排出について考える. 畜産の情報 2025年4月号 57-65. https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_003655.html
二酸化炭素とメタンの温暖化への影響の違い
以上で同じ温室効果ガスでも短寿命のメタンと長寿命の二酸化炭素とでは温暖化に対する影響の異なることを話したが、具体的にその影響の違いについて図2をもとに説明することにしましょう。
この図の上の段は排出量の値、下の段は温暖化への影響を示した模式図です。まず、左端の列の図は排出量が増加する場合を想定したものです。この場合には二酸化炭素もメタンも排出量は直線的に増加しますが、温暖化への影響については、二酸化炭素は時間に伴って累積するので指数関数的に増加しますが、メタンは短寿命であるため短期で二酸化炭素に変わるので直線のままです。真ん中の列では排出量が一定の場合を示していますが、メタンは排出量が一定であれば温暖化への影響も一定ですが、二酸化炭素は排出量が一定でも温暖化への影響は増え続けます。さらに右端の図で排出量が減少する場合にはメタンに関しては温暖化へ影響はゼロになりますが、二酸化炭素は飽和状態になるものの温暖化への影響は残り続けることになります。

図2 異なる二酸化炭素とメタンの排出量の変化と温暖化への影響(Allenら2017より)
Allen MR, Cain M, Shine K. 2017. Climate metrics under ambitious mitigation. Oxford Martin Programme on Climate Pollutants.
https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/
Climate_Metrics_%20Under_%20Ambitious%20_Mitigation.pdf
地球温暖化係数(GWP)とその問題点
個別の温室効果ガスがどれだけ地球温暖化に影響しているかは、地球温暖化係数(GWP)を用いて評価されてきました。GWPは二酸化炭素(CO2)を基準として、CO2以外の温室効果ガスがどれだけ温暖化に影響するかを表す数値でです。実は、このGWPはこれまでに最も広く、最もよく使われてきた指標です。この指標の意味は、単位質量(例えば1kg)の温室効果ガスが大気中に放出されたときに、一定時間内に地球に与える放射エネルギーの積算値をCO2に対する比率として見積もった数値と定義できます。最近までは、ウシのメタン排出を扱った研究では、このGWPに基づく数値が基礎となっていました。
しかし、最近、地球科学や気象学の研究成果からGWPでは世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べて1.5℃に抑えるとするパリ協定の目標に対応できていないことが指摘されています。さらにメタンのGWPの数値は第1次と第2次評価報告書(1990年と1995年)では21、第3次評価報告書(2001年)では23、第4次評価報告書(2007年)で25、そして第5次評価報告書(2013-14年)では28とされ、報告書ごとに数値が異なっています。
新しい指標GWP*
最近、温暖化への直接的な影響をより正確に表す新しい指標(GWP*;GWPスターと呼ばれています)が気象学の分野から提唱されています(Allenら2018, Smithら2021)。この指標はすでにIPCCでも認識され、報告書でも取り上げられています(Foster, 2021, IPCC第6次評価報告書ワーキンググループ1第7章p1014-1020)。この指標の誕生は新しく、Allenら(2018)が従来のGWPで予測した地球気温のピークがうまく予測できないことに問題意識を持ち、気温の変化に対応できる新しい指標としてGWP*を提唱したことに端を発します。この指標の登場はある種のパラダイムシフトをもたらし、その後、畜産分野でもこの指標を用いた研究が多く発表され、研究の主流となっています(Hörtenhuberら2022, Placeら2022, Thompsonら2025)。
図3はGWPとGWP*の算出における比較を示したものです。この図の実線の矢印は因果関係を表し、メタン排出は大気中のメタン濃度に影響し、放射強制力を変化させて、その結果、気温の変化が起こり、物理的・社会的インパクトがもたらされることになります。この図からもGWP*が地球の平均気温に基づいて求められた指標であるため、従来のGWPよりもパリ協定の目標に適していることがうかがえます。

図3 GWPとGWP*の算出方法の相違(広岡 2025より)
Allen MR, Shine KP, Fuglestvedt JS, Millar RJ, Cain M, Frame DJ, Macey AH. 2018. A solution to the misrepresentations of CO2-equivalent emissions of short-lived climate pollutants under ambitious mitigation. njp Climate and Atmospheric Science 1:16.
https://www.nature.com/articles/s41612-018-0026-8
Smith MA, Cain M, Allen MR. 2021. Further improvement of warming-equivalent emissions calculation. njp Climate and Atmospheric Science 4:19.
https://doi.org/10.1038/s41612-021-00169-8
Forster P. 2021. IPCC AR6 WGI Chapter 7- The Earth's energy budget, climate feedbacks, and climate sensitivity. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte V, Zhai P, Pirani A, Connors SL, Péan C, Berger S, Caud N, Chen Y, Goldfarb L, Gomis MI, Huang M, Leitzell K, Lonnoy E, Matthews JBR, Maycock TK, Waterfield T, Yelekçi O, Yu R, Zhou B(eds.)]. Cambridge University Press.
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg1/downloads/report/IPCC_AR6_WGI_Chapter07.pdf
Hörtenhuber SJ, Seiringer M, Theurl MC, Größbacher V, Piringer G, Kral I, Zollitsch WJ, 2022.Implementing an appropriate metric for the assessment of greenhouse gas emissions from livestock production: A national case study. Animal 16:100638
https://doi.org/10.1016/j.animal.2022.100638
Place SE, McCabe CJ, Mitloehner FM, 2022. Symposium review: Defining a pathway to climate neutrality for US dairy cattle production. Journal of Dairy Science 105:8558-8568.
https://doi.org/10.3168/jds.2021-21413
Thompson LR, Beck MR, Larson H, Rowntree JE, Place SE and Stackhouse-Lawson KR. 2025. Is climate neutral possible for the U.S. beef and dairy sectors? Front. Sustain. Food Syst. 9:1556433. doi: 10.3389/fsufs.2025.1556433
日本におけるGWPとGTP*を用いた場合のメタン排出量の比較
現在、GWPとGWP*を用いて温室効果ガスの推定と温暖化への影響について調べた研究は数多く報告されていますが、筆者が知る限り、日本のウシに対して以上のような指標を用いてメタン排出量の推移を調べた研究は広岡(2023)のみで、最近その内容を分かりやすく解説した解説論文が発表されました(先述の広岡2025)。図4は日本の肉用肥育生産におけるGWPを用いた二酸化炭素換算メタン排出量(左図)とGWP*を用いた二酸化炭素換算メタン排出量(右図)を比較したものです。また2021年以降は年当たりの牛肉生産のそれぞれの総量を2020年の水準に維持すると仮定して予測した数値(破線と点線)を示しました。従来のGWPによるメタン排出量の推移はかなり凹凸のある推移を示していることがわかります(左図)。これは、この期間における肥育牛の飼養頭数と関係しており、この間、繁殖雌牛の増頭計画によって子牛の頭数が増え、それに伴って肥育牛も増加したことや安価な乳用雄牛から高価な黒毛和種肥育への移行が進んできたことによるものと考えられます。一方、GWP*を用いたの二酸化炭素換算メタン排出量の推移(右図)は2015年前後にゼロ近くまで減少していますが、その後急速に増加していることがわかります。さらに2020年以降の予測では一定の微減を続けていますが、これは、出荷体重は遺伝的改良によって増加し続けると仮定しているため、牛肉生産量を2020年の水準に維持するならば、飼養頭数が減少を続け、その結果、メタン排出量が低下したためと考えられました。また肉生産においては横ばい傾向で推移しますが、もし、年1%以上の削減策を講じるならば、メタン排出をゼロ以下にできることが明らかになりました。ただし、ここで注意しなければいけないのは、牛肉の輸出などを考えて、大幅にウシの頭数を増やすことになれば、どの指標を用いてもメタン排出は大幅に増加し、地球温暖化を進めることになることを忘れてはいけません(先の図2の左図参照)。

図4 日本におけるGWPとGWP*を用いた肉用肥育牛からのメタン排出量
実線はベースシナリオ、破線は1%削減シナリオ、点線は2%削減シナリオ(広岡2023より)
広岡博之. 2023. 日本の乳生産と肉用肥育生産からの消化管内発酵によるメタン排出量の評価. システム農学 39(4) 97-105.
日本においてはウシは悪者とは言えない!
最初に述べた「本当にウシからのメタンは地球の温暖化に影響していると言えるのでしょうか。欧米からの情報をそのまま鵜呑みにして、ウシを悪者扱してよいものでしょうか」という疑問に対して、はっきり言えることは、日本ではウシはそれほど大きく地球の温暖化に寄与していないということです。少なくとも日本の生産においてはウシを悪者にすることは正しくありません。また、他の多くの国の研究でもGWP*を用いてウシの温暖化に対する影響を調べてみると同様の結果が得られています。もちろん、ウシのゲップを抑え、メタンの排出を減らすことは、さらなる地球温暖化に対しては有効であるかもしれません。しかし、ウシがメタンを出すのは生理機能で、それを削減策するということでウシの健康に影響を与え、ウシを苦しめることになり、アニマルウエルフェアの考えに反することになるかもしれません。牛肉を摂取しないのは自由ですが、少なくともウシが悪者だからという理由で牛肉を食べないようにしようと言うのは御門違いのように思います。