気になる情報の解説

アニマルウェルフェアは手間がかかりそうですが生産者にはどんなメリットがありますか。

京都大学農学研究科教授の広岡博之先生に、アニマルウェルフェアとは何か、生産性や牛肉消費に与える影響、持続的な畜産との関係を解説頂くとともに参考となる資料を紹介いただきました。

ポイント

  • 生産性にもプラスになる可能性がある。
  • 環境負荷軽減の取組みと合わせ消費者が付加価値をおき高く購買されることも期待される。
  • 家畜、生産者、農家の3者いずれもがウィン・ウィン(win-win)の関係になるような飼育の実践こそがこれからの畜産に望まれることであると考えられる。


畜産におけるアニマルウェルフェアとは


京都大学農学研究科 広岡博之


近年、新興国や発展途上国において畜産物の消費が大幅に増加している半面、ヨーロッパを中心に先進国では、一部の消費者において畜産物の摂取を避ける方向への食の変容が進んでいる。このような方向性が形成されてきた一つの要因として畜産におけるアニマルウェルフェアに対する批判があげられる。自分の食べる食料をどうするかは究極的には個人の選択の問題であるが、畜産に関するこの方面の詳しい情報を一般消費者が十分に知っているとは思えず、正しい情報を提供することが専門家の一人として重要と考え、ここで紹介することにした。


アニマルウェルフェアとは

まず、アニマルウェルフェアは、動物福祉と日本語に訳されることも多いが、日本語の福祉にはいろいろな意味が含まれているので、ここでは英語のカナ表記で示すことにする。畜産におけるアニマルウェルフェアは、家畜の感受性に配慮する考え方で、いかに家畜をストレスの少ない状態で飼育するかに重点を置き、そのような飼育法の実現を科学的にめざす考え方である。具体的に言えば、畜産におけるアニマルウェルフェアは家畜の快適性に配慮した飼育管理の実現を目的とし、①飢えや渇き、栄養欠如からの自由(栄養や水の不足を避ける)、②不快からの自由(施設や設備を整備し、飼育環境を改良する)、③痛み、損傷、病気からの自由(疾病や怪我の予防、早期治療など)、④正常行動の発現の自由(本来その家畜の持つ正常行動が適切に発現できるようにする)、⑤恐怖、苦悩からの自由(心理的な苦悩を避ける)の5つの自由を満たす飼育環境を実現することである。この定義こそが現在の国際的なコンセンサスである。最近、家畜を対象としたアニマルウェルフェアを解説した成書(参考文献1)が出版されており、また最近の研究の動向については、われわれの書いた総説(参考文献2)を参考にしていただければ幸いである。


生命倫理や動物愛護とアニマルウェルフェア

アニマルウェルフェアの考え方としばしば混同されるのが、生命倫理や動物愛護の考え方である。生命倫理は主に哲学の分野で取り扱われ、畜産に関連する内容のものをあげれば、体細胞クローン技術や遺伝子編集技術の倫理的な評価などがあげられる(参考文献3)。生命倫理の考え方は家畜そのものを対象にするというよりは、むしろ人間がどう考えるかに重点が置かれている。また、動物愛護の考え方は、動物の権利を重視し、ヒト以外の動物にもヒトと同様の権利を与える必要があるとするもので、このような考え方においては肉食や動物実験の全廃が主張されるケースが多い。この動物愛護の考え方の根底には、家畜の命が最優先に配慮されるべき対象で、人間が家畜に対して持つ感情的な心情がある。


アニマルウェルフェアと生産性の関係

以上の区別を踏まえて、改めて家畜のアニマルウェルフェアについて考えるとき、第一の論点はアニマルウェルフェアと生産性の関係であろう。20世紀までの畜産においては、多くの場合、生産効率や経営効率の向上が最優先され、家畜のストレスなどアニマルウェルフェアに関連する問題はなおざりにされてきた感は否めない。このような背景には、多くの農家や関係者の間でアニマルウェルフェアに配慮することと生産効率や経営効率の向上との間にはトレードオフ関係(両立できない関係性)にあるとの思いが強く、積極的にアニマルウェルフェアに配慮することが避けられてきたためと思われる。最近、われわれの研究から家畜ヘのストレスが少ないと思われる飼育法を実践している農家ほど枝肉形質が良くなるという結果が得られ(参考文献4)、同様の報告が海外でもなされてきている。このことからアニマルウェルフェアに配慮することで家畜のストレスが緩和され、良質の畜産物が多く生産できる可能性のあるのではないかと思われた。


消費者の意識とアニマルウェルフェア

第ニの論点は、消費者の意識の問題である。アニマルウェルフェアに配慮した飼育が普及するためには、消費者がそのような飼育から生産された牛肉に付加価値を置き、高く購買してくれることが必要不可欠な要件である。少し前にわれわれが実施した、首都圏と京阪神の消費者を対象としたwebアンケート調査の結果、多くの消費者がアニマルウェルフェアに配慮して生産された牛肉に対して付加価値をつけて高価で購買してもよいと考えていることが明らかとなった5,6)。具体的には1032名のうち、アニマルウェルフェアと環境負荷の低減のいずれにも付加価値を置く回答者は534名、アニマルウェルフェアにより多く付加価値を置く回答者は179名、アニマルウェルフェアのみに付加価値を置く回答者は53名であった(参考文献5)。もしこのことが事実であれば、たとえ生産コストが余分にかかったとしてもアニマルウェルフェアに配慮する飼育が普及すると期待できる。このような飼育においては家畜、生産者、農家の3者いずれもがウィン・ウィン(win-win)の関係にあり、このような飼育の実践こそがこれからの畜産に望まれることであると考えられる。


家畜のストレスを計測する

以上、農家と消費者に関する視点から述べてきたが、さらに研究の視点から述べれば、われわれは家畜の心拍数を計測し、その心拍間隔のゆるぎ(心拍変動)から家畜のストレスを調べる研究を試みている(参考文献6)。たとえば家畜の心拍変動を計測することで得られるいくつかの指標から、気温や湿度に伴うストレスを定量的に示すことに成功している(参考文献6)。実際、家畜はしゃべることができないが、近い将来、このような指標によって家畜のストレスを定量的に把握できれば、家畜の状態に問題のある場合には積極的に対応するなど、きめ細かい飼養管理が可能になるになると推察される。


家畜化とアニマルウェルフェア

野生動物が家畜化されて以来、さまざまな形質が人為選抜と自然淘汰の影響を受け、遺伝的に変化してきた。家畜化の初期過程では、人間そのものに対する順応性や人間が与えた環境への適応能力で選抜され、さらに、家畜化が進むにつれて、乳や肉の生産性や繁殖性など生産性にすぐれた個体がより多くの子孫を残すようになり、その結果、人間にとって望ましい方向に改良されてきた。このことをアニマルウェルフェアとの関係から考えれば、家畜化の初期には家畜は人間の管理下に置かれることで捕食動物や捕獲者のような外敵から身を守られ、飼料を十分に給与されるため、飢えや栄養失調などの心配がなくなり、家畜の幸福度も高まることになる。しかしさらに生産性を高めようとすると、それは家畜の幸福度を犠牲にしてのものであり、家畜が病気になったり、死亡したりするため、生産性は低下することになる。したがって、どのレベルで家畜を飼養すべきかの選択は、生産面でもアニマルウェルフェアの面でも重要な選択といえる。

多くの動物の中で家畜になれたものはウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、ニワトリ、イヌなど特殊な能力を持つわずかな動物のみである。家畜になれなかった動物の大半はすでに絶滅したか、絶滅危機か、動物園でしか見れないかのいずれかである。それに対して、例えば、家畜になれたウシは、現在、世界中で約15億頭も生存している。われわれは長く、家畜とともに生活し、共存してきた。特に日本のウシを例にすれば、千年以上にわたり、役用として利用され、農村の稲作を支えてきた。農家にとっては、多くの場合、ウシは現在のペット以上の存在で、家族の一員だったと考えられる。


持続可能な畜産をめざして

持続可能な畜産とは、経営的に成り立ち、環境負荷を低減し、社会的に受け入れられる畜産を指す。アニマルウェルフェアは、そのうちの3番目の社会的に受け入れられる畜産の構築と強く関連しているといえる。このような議論の中で、われわれが決して忘れてはならないことは、われわれの食料と引き換えに家畜の命を戴いているということで、そのことに対して真摯に感謝することが、必要だと考えられる。


参考文献

  • 新村 毅(編). 2022. 動物福祉学. 昭和堂
  • 園田裕太, 大石風人, 熊谷元, 広岡博之. 2019. アニマルウェルフェアが牛肉の生産性や消費者のニーズに与える影響. 日本畜産学会報 90:1-12.
    https://doi.org/10.2508/chikusan.90.1
  • 広岡博之. 2000. 畜産分野におけるクローン技術の応用とその倫理的評価. 生命倫理, 11:64-69.
    https://doi.org/10.20593/jabedit.10.1_64
  • Sonoda Y, Oishi K, Kumagai H, Aoki Y, Hirooka H. 2017. The effects of welfare-related management practices on carcass characteristics for beef cattle. Livestock Science 196:112-116.
    https://doi.org/10.1016/j.livsci.2017.01.015
  • 広岡博之・大石風人・長命洋佑・園田裕太. 2018. 人間の価値観と消費者の動物福祉や地球環境に配慮した牛肉に対する購買行動との関連性~牛肉の新しい評価軸の検討~. 畜産の情報 2018年1月号:52-61.
    https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2018/jan/spe-02.htm
  • Sonoda Y, Oishi K, Chomei Y, Hirooka H. 2018. How do human values influence the beef preferences of consumer segments regarding animal welfare and environmentally friendly production? Meat Science 146:75-86.
    https://doi.org/10.1016/j.meatsci.2018.07.030
  • Kitajima K, Oishi K, Miwa M, Anzai H, Setoguchi A, Yasunaka Y, Himeno Y, Kumagai H, Hirooka H. 2021. Effects of heat stress on heart rate variability in free-moving sheep and goats assessed with correction for physical activity. Frontiers in Veterinary Science 8:658763.
    https://doi.org/10.3389/fvets.2021.658763