生産地の取組み

環境負荷軽減優良事例調査ー秋田県鹿角市での周年放牧活用の事例

日本草地畜産協会の放牧アドバイザー梨木先生、農研機構西日本センターの堤先生に、周年放牧を活用し日本短角種などを生産されている秋田県鹿角市に出かけていただきました。
放牧による環境負荷軽減についてはhttps://youtu.be/HboSeyyDWzkでも解説されています。まだの方は是非ご覧ください。


鹿角市での周年放牧活用の概要

秋田県畜産農協が管理する2か所の放牧場で農協や地元生産者の日本短角種、黒毛和種繁殖牛を夏山冬里方式で放牧

畜産農協では、日本短角種の生産育成施設、肥育施設も所有し、かづの牛ブランドを立ち上げて地元直売所などで販売


秋田県鹿角市における周年放牧を活用した優良事例調査報告書


(一社)日本草地畜産種子協会放牧アドバイザー
梨木守


1.調査概要

調査日: 令和5年(2023年)9月27~28日
調査先: 秋田県鹿角市 秋田県畜産農業協同組合鹿角支所

支所長から鹿角支所の日本短角種生産の取り組みの概要および鹿角支所が指定管理者となっている熊取平牧野及び熊取平基幹牧野の放牧管理、草地管理の状況を聞き取った。また日本短角種繁殖農家1戸から飼養状況伺った。




2.鹿角市の日本短角種の振興

秋田県全体では黒毛和種の産地で日本短角種はマイナーな存在である。鹿角市についても肉用牛飼養頭数全体に占める日本短角種の割合は高くない。しかしそんな中、後述するように日本短角種が「かづの牛」として生産され続けているのは鹿角支所の取り組みがあることが大きな意味を持つと思われる。


1)「かづの牛」とその飼養方式

鹿角支所は以前から日本短角種を中心に生産と市場運営を行ってきた歴史がある。「かづの牛」の定義は、鹿角地域(図1)で生産された日本短角種である。なお1992年より、「かづの牛」ブランドが立ち上げられ(写真1)、1997年には直売所「かづの牛工房」が開設されている。この日本短角種は、その昔南部牛と外来のショートホーン種を掛け合わせた種である。この種の特徴は足の強さ、泌乳量の多さとされ、また、まき牛(牡牛による放牧中の自然交配)による繁殖がなされている(95%以上の高い受胎率)。鹿角支所でもこのような特性や繁殖方式を活かして、夏山冬里方式の放牧(子付き放牧)を行っている。夏期の放牧シーズン中、鹿角支所の繁殖牛も地元生産者の繁殖牛も一緒に地域の公共牧場に預託される。このため舎飼のように毎日の給飼や排泄物処理といった作業が不要となっている。また何よりまき牛の自然交配による繁殖管理のため、発情観察や人工授精も不要となっている。このため高齢者でも日本短角種の飼養管理、経営は容易である。

今回、聞き取り調査した一生産者も夏期の放牧期間中は牛舎に牛(日本短角種)は不在となり、牛の管理作業がなく、コメ、キュウリなどの耕種作物も生産する複合経営や兼業も容易になると話されていた。また親に付けて放牧(親子放牧)していた子牛は放牧地でよく発育し(DG1kgほど)、放牧地から下牧すると牛舎を経由することなくそのままセリ市場に出荷することもあるとのことであった。この放牧子牛は6か月齢体重200kgほどであるが草地から舎飼に直接移しても支障なく成育するという。このように夏期には殆ど手間をかけない飼養に徹することができるとのことであった。なお、冬期は乾草と配合飼料2kg程度で飼養し、堆肥はふん尿にモミガラと豚ふんを混ぜ堆肥化し、自らの水田や近隣農家へ販売をしているとのことであった。


図1.鹿角市および鹿角地域の位置
注:鹿角地域は鹿角市と小坂町により構成
資料:畜産の情報 2019.7より

写真1.かづの牛


2)鹿角支所の役割

図2に鹿角市における「かづの牛」生産の概要を示した。鹿角支所は、①「かづの牛」生産育成施設及び肥育施設の飼養管理、②熊取平牧野、熊取平基幹牧野等の公共牧場での飼養管理、③直売場「かづの牛工房」の運営、を行っている。なお、「かづの牛」の販売先は地元鹿角市3割、鹿角市以外の県内3割、残りは県外とのことであった。また鹿角市が「かづの牛」生産を支えるために草地を含む諸施設の整備や助成を行っている。また鹿角支所は地域内の農家にもと牛の供給や飼養管理の指導や情報提供も行っている。


図2.鹿角市における「かづの牛」生産の概要
資料:畜産の情報 44 2019.7より


支所が所有する飼養頭数は、日本短角種繁殖牛110頭、肥育牛は170頭である。このうちの繁殖牛は上述のように夏山冬里方式の放牧飼養のため支所内にある繁殖牛舎は訪問時には空の状態であった(写真2)。肥育は去勢で28ヶ月、メスは29.1ヶ月を目途に仕上げ、枝肉歩留まりは63%とのことであった(写真3)。放牧地から戻ってきた終牧後(10月末)の繁殖牛は、支所内に設けた周年放牧用の草地にも放し、牛舎と合わせて飼養しているとのことであった(写真4)。「かづの牛」は夏山冬里方式で放牧されまき牛による繁殖管理のため春先に生まれる春子生産が多く出荷時期が集中したが、これに対して少しずつ繁殖、出産の時期をズラし年に3回程度に分散させる調整をしているという(冬期放牧(屋外飼養)中に牡牛を放すことによって、放牧・種付け・生産の周年化を図るなど)。

川村 保氏は「秋田県における日本短角種の生産と販売」と題して詳しく紹介している(畜産の情報2019.7)。その一部を引用すると以下の通りである。2012年度から開始された「かづの牛(日本短角種)増頭対策事業」を行っている。この事業では、日本短角種の生産農家は減少する一方で、食材としてはその需要が高まっている状況を踏まえて、「かづの牛生産育成施設整備事業」によって、鹿角支所の隣接地に牛舎や堆肥舎など(写真5)の整備を行うことや、放牧地として活用されている熊取平基幹牧野の草地改良などを行ってきた。ソフト事業としては上記の「かづの牛生産育成施設」を利用して「かづの牛」を生産する農家に繁殖用雌牛や肥育用もと牛の導入費用の一部を支援する基金造成事業や、繁殖用雌牛の購入や自家保留分の助成、かづの牛振興協議会への協力などを行なっている。この他にも、公共事業を活用しながら直売所である「かづの牛工房」の増築および加工設備の導入への補助、分娩時避難用簡易畜舎の建設なども行なっている。


写真2.放牧期間中の牛舎

写真3.肥育牛舎で飼養される「かづの牛」


写真4.冬期放牧地(立木の奥)

写真5.鹿角支所の牛舎等施設


3)熊取平(くまとりたい)牧野及び熊取平基幹牧野

牧野の管理は、鹿角市が指定管理者制度により指定した秋田県畜産農業協同組合鹿角支所が請け負っている。なお秋田県畜産農業協同組合は秋田市に本所を置き、組合の経緯は以下の通りである。2008年4月に県内の鹿角畜産農業協同組合と秋田中央畜産農業協同組合及び平鹿畜産農業協同組合が合併し、秋田県畜産農業協同組合に改称された。同年9月に秋田県畜産農業協同組合連合会の事業を包括承継し、秋田県一円を地区とする広域畜産専門農協となっている。


表1 熊取平牧野と熊取平基幹牧野の概要

  熊取平牧野 熊取平基幹牧野
総面積 136.7 ha 98.4 ha
  牧草地 91.6 ha 50.5 ha
  野草地 39.0 ha 47.7 ha
  その他 6.1 ha 0.2 ha
預託農家戸数 19戸 2戸
  成牛 102頭(短:52、黒:50) 47頭(短:47)
  育成 8頭(短:1、黒:7) 1頭(短:1)
  子牛 59頭(短:40、黒19) 31頭(短:31)
2023年9月時点

(1)牧野の概要

表1に鹿角支所が指定管理者となって利用している4牧野(熊取平、熊取平基幹、曙、川島)のうちの2牧場の概要を示した。熊取平牧野は日本短角種と黒毛和種が分けて放牧され、熊取平基幹牧野は日本短角種のみ放牧されている。熊取平牧野の黒毛和種は基本的には牛舎で授精した妊娠牛が放牧されるが、一部は未受胎牛も放牧されるため黒毛和種のまき牛も放されている(写真6)。日本短角種については繁殖牛が子付き放牧されまき牛による交配が行われている。一日当たりの預託料は日本短角種及び黒毛和種について繁殖成雌牛が270円、同育成牛が160円となっている。

施肥管理として、2つの牧野の牧草地142.1haに対して春(4月下旬~5月上旬ころ)中心に化成肥料(14-14-14)10,000kg施用、秋(9月頃)苦土石灰13,000kg施用されている。窒素レベルに換算すると年間10a当たり0.985kgと通常公共牧場等で施用される量の1/5~1/10程度となっている。苦土石灰は10a当たり9.15kgとなっている。これら施用量の多寡については草地の地力、施用コストやその効果について議論があると思われるが、現状では事項でも示すように草量、家畜の成育の面から足りていそうである。


写真6.黒毛和種の放牧(手前はまき牛)


(2)牧場の効果や今後の方針

放牧頭数は、育成、子牛を成牛の1/2として成牛換算すると熊取平牧野で成牛135.5頭、熊取平基幹牧野で成牛63.0頭となる。牧草地に野草地の牧養力を1/3として換算した面積を加えると各牧野の放牧地面積はそれぞれ104.6haと66.4haとなり、1頭たり各々0.8haと1.1haの放牧地が存在している。このため現時点では両牧野ともに面積的に十分で、餌となる草も不足しないと思われる。

鹿角支所では公共牧場の利用メリットとして次のようにとらえている。公共牧場への夏山冬里の預託方式のメリットの一番は、上述の生産者も話されているように放牧時期には牛の飼養管理から手を離れるため、ほかの農作業等に従事できることが挙げられるという。さらに近年のような餌高において、舎飼いに比べ生産費を抑えられることとしている。但し今問題となっているのは、毎月1回の衛生検査時や、牧柵張りなどの共同作業が、農家戸数の減少や、高齢化により年々難しくなってきていることとしている。また、公共牧場における頭数は現状の今より増頭しても牧野管理には問題ないが、放牧利用農家で増頭される生産者が現状ではいないことを上げている。

鹿角支所自ら行う肥育は、粗飼料は地元イネWCSやビール粕を活用し、出荷月齢は、ほとんどが22カ月から30カ月の間であり、平均で28カ月となっている。肥育期間に見合った枝肉にならなければコスト増になると鹿角支所では考えている。


3.環境負荷軽減の立場からみた鹿角支所が支援する肉牛生産

上述したように、特に日本短角種繁殖牛及び育成牛は公共牧場を使った夏山冬里方式でまき牛による繁殖が行われている。鹿角支所ではさらに冬期も屋外飼養(周年屋外飼養)している。このため給飼や排泄物処理、さらには繁殖管理に関わる労力、経費は大きく抑えられている。また今回の調査でも示されたように放牧地への化学肥料の施用量も窒素レベルで1.0kg未/10aであるが、放牧頭数(成牛換算)でも1.1~1.3頭/haと推定され放牧圧は高くなく、子付きで放牧された子牛の成育もDG1.0kgほどと良好なため放牧草の量も十分確保されていそうである。

築城幹典氏(2023.10)によると、放牧は輸入飼料や化石燃料の消費が少なく温室効果ガス(GHG)削減に対応した飼養技術として期待される。これまでの知見では、放牧によるGHG削減量は、搾乳牛で舎飼と比べると53%減、乾乳牛で46%減となるとされている(環境負荷削減酪農調査コンソーシアム2020)。また放牧地土壌は炭素吸収源でもあり今後GHG削減できると期待されるとして、生産性を揃えるため設定した増体、飼養頭数、飼育日数を統一条件としたシミュレーション結果から、地球温暖化負荷(GWL)は放牧が舎飼より小さくなることを紹介している。

さらに森 昭憲氏(2023.10)によると、堆積発酵の堆肥化に対するCH4排出係数は、乳用牛が3.8%、肉用牛が0.13%であるのに対し、放牧のそれは0.076%と小さいため、放牧を導入すれば家畜排せつ物管理のCH4排出量は少なくなるとしている(放牧はふん尿が速く乾燥するためと考えられる)。

以上のことから、鹿角支所が支援する肉牛生産は、肉牛生産鹿角支所有の日本短角種及び周辺農家から預託される日本短角種と黒毛和種は、鹿角支所が指定管理者制度で管理する公共牧場において夏山冬里方式で放牧されており、このためエサ費、労働費、機械作業費などの飼養の低コスト化だけでなく、環境負荷軽減にも貢献する優良事例といえる。