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ボツリヌス症という病気で大きな損害が出ることがあると聞きました。どんな病気でしょうか。

大阪公立大学の幸田知子先生に、牛ボツリヌス症の原因であるボツリヌス菌のことやボツリヌス症の症状、発生を防ぐための対策について解説して頂きました。

ポイント

  • ボツリヌス菌は、発育のための酸素を必要とせず、栄養分がなくなると、植物の種子のような耐久性のある“芽胞”を作る。
  • 芽胞は、土壌中などで生存し発育条件が揃うと普通の細菌のような“栄養型菌”になり、増殖して、微量で最強の致死性をもつボツリヌス神経毒素を産生する。
  • 神経毒素にはA~G型がある。型により感受性動物が異なり、牛ではD型での発生が多く、牛のボツリヌス症が人にうつることはないと考えられている。
  • ボツリヌス症は、品種、月齢の区別なく発症し、発熱、起立不能、腹式呼吸を特徴として、半日から2日で死亡する。
  • ボツリヌス菌は、死亡牛だけでなく、農場内に侵入するカラスなど野生動物の糞便からも検出されることがあるため、それらの糞便による飼料や水、サイレージやエコフィードの汚染に注意が必要。
  • 発症予防のためのワクチンもあるが、ボツリヌス菌・芽胞の侵入を防ぐための衛生管理の徹底、発症牛の早期発見・隔離、飼料の適正管理、野生動物の侵入防止等が必要。


牛ボツリヌス症


大阪公立大学 獣医学研究科 幸田知子


1.ボツリヌス症とは

ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は、芽胞の形で自然界に広く分布する。産生する毒素により、ヒトを含む多くの哺乳動物や鳥類に特異な神経症状を呈する致死性のボツリヌス症を引き起こす。菌はグラム陽性桿菌であり、発育に酸素を必要としない。産生する毒素の抗原性の違いによりAからG型に分類される。ヒトのボツリヌス症は主にA, BおよびE型によって起こり、まれにF型による事例が報告されている。家畜・家きんのボツリヌス症は、C型およびD型菌が原因とされ、主としてC型菌による鳥類ボツリヌス症とD型菌による牛ボツリヌス症の発生が全国的に認められる。

牛ボツリヌス症は、南アフリカ、南米、オーストラリアの地域で斃死した牛の体内で産生されたD型毒素を摂取しておこる疾病と考えられてきた。欧州では、サイレージの中に混入し斃死した小動物の死体が毒素源となりC型菌およびD型菌による本症が発生することが知られている。一般に本症の発生原因は、ヒトの食餌性ボツリヌス症のように飼料中に含まれる毒素を摂取することが原因とされてきたが、乳児ボツリヌス症のように、飼料などに付着した芽胞が摂取され、消化管内で発芽、増殖し、産生された毒素による疾病と考えられているが、飼料などから原因菌が検出されず、感染経路の解明できないこともある。わが国では、1994年に北海道でC型菌による本症の発生があったが、2004年以降、現在まで乳牛・肥育牛の区別なく散発的なD型菌による本症の発生が見られ、多大な経済的損失を引き起こしている。


2.ボツリヌス症における芽胞の役割

ボツリヌス菌が属するクロストリジウム属や枯草菌に代表されるバシラス属の細菌は、栄養分の存在下では増殖を繰り返すが、栄養分枯渇など増殖に適さない環境条件になると熱や化学物質、放射線などに抵抗性を示す芽胞を形成する。
芽胞は、言わば植物の種子のような固い外皮をまとい、厳しい条件下でも生存できるように耐久性に優れている。栄養型菌と芽胞は、表層細胞壁の違いにより、染色性が異なるため形態的に容易に区別できる(図1)。栄養型菌は、典型的な桿状(長細い棒状)を示し、芽胞は、米粒状の栄養型菌とは異なる形状を示す。また芽胞形成期の菌は、栄養型菌の中に米粒状の形態が観察され、これが成熟して将来芽胞になる。ボツリヌス菌の栄養型菌は、増殖を停止してから、約72時間後に芽胞が観察されるが、培養液中では、菌のステージは一様ではなく、栄養型菌と芽胞が異なるステージで混在している顕微鏡観像が見られる。芽胞はボツリヌス症の大きなリスク要因となり得る。ボツリヌス菌芽胞の死滅には、120℃ 4分以上の高圧滅菌、増殖抑制には、水分活性0.94未満かつpH4.6未満が必要である。ボツリヌス菌の芽胞から栄養型菌への発芽機構は、これまでほとんど理解されていないが、発芽機構の制御は、本症の発生に直接関わるため解明が急がれる。



A.ウィルツ芽胞染色キット
  芽胞はマラカイトグリーン、栄養型菌はサフラニンによって染色される

B.グラム染色
  栄養型菌は、石炭酸ゲンチアナバイオレット、芽胞はサフラニンによって染色される


3.牛ボツリヌス症由来菌が産生する神経毒素の特徴

ボツリヌス菌の型別は、菌の産生する神経毒素(botulinum neurotoxin : BoNT分子量150 kDa)の抗原性により決定される。全ての型の毒素は、BoNTと無毒成分との複合体の形で産生され、菌体の溶菌時に放出される。毒作用の本体であるBoNTは、無毒成分により胃液などから保護され、複合体毒素のまま小腸で吸収されるが、アルカリ条件下でBoNTと無毒成分が解離し、BoNTは血行性により神経-筋接合部や末梢神経に作用すると推察されている。BoNTは、型に共通して軽鎖(L;分子量50 kDa)と重鎖N末端領域(HN;分子量50 kDa)、重鎖C末端領域(HC;分子量50 kDa)の機能の異なる3つのドメインで構成されている。

C型およびD型BoNTは、他の毒素型とは異なり、典型的なC型およびD型BoNT に対し、HCドメインが相互に入れ替わった特徴的なCDモザイクおよびDCモザイク毒素が存在する(図2)。これらモザイク毒素は、C型およびD型抗毒素の両方に反応するために、両毒素の型別に混乱を生じさせてきた。PCR法は毒素検出のための簡易診断法であるが、一般的な毒素遺伝子型別用プライマーは、軽鎖遺伝子を検出するために設計されており、C・Dモザイク毒素のような遺伝子構造をもつ場合には適さない。

ボツリヌス症の診断には、毒素の検出と毒素の型別が必須であるが、C・Dモザイク毒素は、これまで用いられてきた遺伝子診断および血清学的診断法では、判別することができないため、我々は、4種類のプライマーセットを用いた毒素遺伝子型別PCR法を構築した(図3)。本PCR法により、2004年以降、現在まで発生した牛ボツリヌス症由来株の毒素遺伝子の大半は、DCモザイク遺伝子を保有しているが、一部D型毒素遺伝子を保有していることが分かっている。




4.牛ボツリヌス症の感染環

牛ボツリヌス症は、乳牛、肥育牛、月例の区別はなく発症する。症状は、38℃前後の低体温(発熱しない)、起立不能、腹式呼吸が特徴的である。発症から半日から2日の経過で死亡する牛が多い。特徴的な剖検所見はない。しかし発生農場では、死亡した牛から排泄された芽胞が畜舎内に残存し、見かけ上健康と思われる牛の糞便からも芽胞や栄養型菌が長期間排出されることを確認しており、水平伝搬する可能性が示唆される。また我々は、農場に侵入する野生動物(シカ・カラスなど)の糞便などからDCモザイク毒素遺伝子保有D型菌を分離しており、これら野生動物がボツリヌス症を伝搬していると考えられる。これまでの我々の成績から鳥類ボツリヌス症由来菌株は、全てCDモザイク毒素遺伝子保有C型菌であることが明らかになっている。つまりカラス等鳥類は、牛ボツリヌス症由来菌株にはり患しないが、菌を保菌し、農場内の飼槽や水槽を汚染するボツリヌス症媒介動物と言える。また近年、畜産業や食品産業で積極的に取り組まれているエコフィードの取り扱いにも注意が必要である。エコフィードは、一般的に高水分、高蛋白質なものが多く、腐敗しやすい。堆積したエコフィードにボツリヌス菌の芽胞が混入すると発芽しやすい高栄養・低酸素状態であるため、エコフィードは栄養型菌やボツリヌス毒素を含む汚染飼料となる可能性がある(図4)。



5.牛ボツリヌス症の対策

牛ボツリヌス症は、いったん発生すると芽胞の特性から、本菌の農場からの排除は難しく、発生を繰り返す傾向がある。わが国では、2010年から牛ボツリヌス用ワクチン(C型およびD型菌の培養液を不活化したもの)が市販され、その有効性が実証されている。しかし、本ワクチンは、発症を予防することはできるが、排菌を防ぐことはできない。ボツリヌス菌・芽胞の侵入を防ぐためには、衛生管理の徹底、発症牛の早期発見・隔離、飼料の適正管理、野鳥など野生動物の侵入防止等が必要である。


【今後の課題】

ボツリヌス菌および毒素は、ヒトに対し微量で高い致死活性を発揮するため、生物テロ等に使用される懸念から、厚生労働省の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)で「二種病原体」に指定され、その取扱いについては、厳密な規定と施設の認定が定められている。牛ボツリヌス症の検査検体(糞便など)は規制の対象ではないが、菌の同定・型別を実施するには、法令上の規定を遵守する必要があるため、検査機関が限られている。迅速な検査体制の構築が必要である。

一方、牛ボツリヌス症(や家きんのボツリヌス症)は、「家畜伝染予防法」の監視伝染病の対象疾病に含まれないため、発生状況は把握されていない。発生農場は、自主的にワクチン接種や牛舎等の消毒、死体処理等を行うが、近隣農場への情報共有が積極的に行われないことが、未だに終息しない一因とも考えられる。本菌の遺伝的な背景や特性に基づいた迅速なスクリーニング法等の開発が情報共有に繋がると期待される。