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地球を守るために牛肉を食べないようした方がいいですか。

女子栄養大学教授西村敏英先生に、食肉を食べる重要性を解説頂きました。

ポイント

  • 加齢による機能の衰え(フレイル)を防ぐには良質のタンパク質摂取と運動で骨格筋量の減少を抑えることが重要。
  • 体を作るタンパク質は毎日代謝。牛肉など食肉類は効率的にタンパク質を摂取できる。
  • 食肉にはタンパク質以外の栄養素や病気を予防する機能成分が含まれる。
  • 健康維持にはバランスの良い食生活で不可欠。


健康長寿における食肉摂取の重要性


女子栄養大学 西村敏英


日本人の長寿高齢化が進み、フレイル等が原因で介護を必要とする人が増えている。このため、平均寿命と健康寿命の差が大きくなっており、食事や運動等を通じて、健康寿命を延伸させることが課題となっている。現在、日本人の平均寿命は世界でトップクラスであるが、それは第二次世界大戦後の食生活で、動物性タンパク質と脂肪の摂取が増えたことによることが分かっている。しかし、最近、環境負荷の軽減のために、牛肉の消費を減らすべきであるとの流れがある。本稿では、健康長寿における食肉摂取の重要性を解説する。


1.日本人の平均寿命

第二次世界大戦直後の日本人の平均寿命は、男女ともに、50歳前後であったが、その後に日本人の平均寿命が急激に伸びた。昨年発表された日本人の平均寿命は、男性で81.5歳、女性で87.6歳である。このように、戦後に見られた急速な平均寿命の延びは、日本人の食生活で炭水化物の摂取量が減り、動物性タンパク質と脂肪の摂取量が増えてことによることが分かっている。

日本人の平均寿命が延びていることは、喜ばしいことではあるが、問題もある。それは、平均寿命と健康寿命の差である。その差は、現在、男性で8.8年、女性で12.2年となり、10年間ほどの差がある。この差を縮めないと要介護者が減らないことになる。高齢による筋力などの身体機能の低下、脳機能の低下、疲労感などの状態をフレイルと呼ぶが、その中で身体機能の低下をサルコペニアと呼んでおり、これを予防する必要がある。人は、加齢により、骨格筋量が低下し、生理学的にフレイルに罹患しやすくなる。また、運動不足になりがちである。これらのことから、運動器の衰えや障害により要介護になるリスクが高まるのである。これを防ぐためには、良質のタンパク質を摂取し、運動を行うことで骨格筋量の減少を抑えることが重要である。


2.動物性タンパク質摂取の重要性

私たちの体の中でタンパク質からできているものには、髪の毛、皮膚、骨、筋肉、肝臓、血液、抗体、種々の酵素などがある。これらの組織や構造体の中で、健康維持に関わっているタンパク質は、1万種類以上あるといわれている。

私たちが、毎日食事から、タンパク質を摂取している理由は、タンパク質の代謝(新陳代謝)を円滑に進めるためである(図1)。1万種類以上の生体タンパク質は、一定周期で新しいものに作り替えられている。毎日、約30分の1のタンパク質が新陳代謝されているといわれている。その周期は、タンパク質の種類によって異なっているが、早いものでは10日間である。タンパク質が新しいものに作り替えられる時に、分解されたすべてのアミノ酸が新しいタンパク質の再合成のために使用されるわけではない。不足するアミノ酸は、食事から摂取されたタンパク質が消化、吸収されたアミノ酸によって補われている。もし、食事からのタンパク質摂取が不足すると、重要なタンパク質が再合成されず、生体機能の低下につながるのである。

食事でタンパク質を効率的に摂るのに適した食材は、牛肉、豚肉、鶏肉などの食肉類であり、それらを100グラム摂取すれば、25~30グラムのタンパク質を摂取できる。同じ量のタンパク質を摂取するためには、ゆでた大豆では約2倍量、牛乳や炊いたご飯では、10倍量が必要となるので、食肉類は効率的にタンパク質を摂取できる食品といえる。

また、食肉類は、必須アミノ酸バランスも良い。必須アミノ酸のバランスの良さを表す指標が、アミノ酸スコアである。食肉類のアミノ酸スコアは、いずれも100であり、すべての必須アミノ酸が生体内で効率的に利用されることを意味している。大豆タンパク質もアミノ酸スコアは100である。一方、小麦やコメなどの穀類のタンパク質のアミノ酸スコアは100を満たしておらず、小麦タンパク質は46である。これは、リジンの比率が低いことから、他の必須アミノ酸が多く含まれていても、それらも46%しか利用されないことを意味している。パンを食べる時も、食パンだけでなく、肉を一緒に食べると、小麦の摂取で足りないリジンの不足分を補ってくれる。

実験用動物マウスを使って、フレイル予防に有効なタンパク質の種類を評価する実験を行った。具体的には、タンパク質摂取量を低くし、フレイル状態を作成した後に、大豆、豚肉、乳のタンパク質を摂取した時のフレイル状態からの回復状況を調べた。

通常20%のタンパク質を含む飼料(対照群)で飼育するが、タンパク質含量を1%の飼料(P1群)で2週間飼育すると、P1群の体重は対照群の体重の80%まで減少した。また、P1群の筋肉重量も、体重変化と同様に、低下する傾向が見られ、腓腹筋の絶対重量が76%まで、ヒラメ筋で88%まで低下した。タンパク質不足による栄養バランスが崩れたことにより、筋肉が低下したことが原因と考えられた。速筋である腓腹筋の筋肉量の減少率が、遅筋であるヒラメ筋より減少しやすいことが判明した。これは、低栄養状態において、速筋である腓腹筋よりも、遅筋であるヒラメ筋を維持しようとしていると推察された。P1群の肝臓重量も、他群のものと比べて、有意に減少することが判明した。また、肝臓の炎症マーカーであるアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ、アルカリフォスファターゼ、アラニンアミノトランスフェラーゼに関しても、P1群の値が有意に高くなっていて、肝臓障害を引き起こしていることが明らかとなった。

P1群でPEM(低栄養)状態のマウスを作成できたので、次に、各種タンパク質の摂取がPEM状態からの回復に効果があるか否かを調べた。1%タンパク質含有食を2週間給餌した後、大豆タンパク質、豚肉タンパク質、乳カゼインのいずれかを給餌し、体重、筋肉重量、アルブミン値、肝臓炎症マーカーを測定した。いずれの群でも、2週間の各種タンパク質給餌で、体重は増加した。特に、豚肉タンパク質あるいは乳カゼインの給餌では、2週間後に対照区と同等まで、体重が回復した。しかし、大豆給餌群では、体重回復が遅れ、動物性タンパク質摂取によるPEMからの回復への効果は、大豆タンパク質のものより高いことが判明した。体重回復後の各群の筋肉重量を比較した結果、いずれの群のヒラメ筋重量も対照区と差が認められなかった。一方、腓腹筋重量は、いずれの区でも対照区のものより低い値となった。これは、速筋である腓腹筋の回復には、運動刺激が必要である可能性が推定された。各タンパク質区での腎臓重量は、いずれも対照区と同じレベルまで回復した。しかし、大豆タンパク質給餌群の肝臓重量は、対照区と比較して有意に低い値を示した。また、豚肉のタンパク質摂取区の肝臓疾患マーカーは、大豆と比べて有意に低い値を示した。このように、動物由来のタンパク質摂取は、大豆タンパク質のものよりPEM状態の回復に効果が大きいことが明らかとなった。



3.食肉摂取のフレイル発症リスク低下作用

最近、国立長寿研究所の大塚先生達が、食事内容と認知機能・フレイル発症との関係を調査した結果が論文に掲載されている。これによると、食事の際に、色々なものを摂取する多様性が、認知機能のリスクを下げることが報告されている。また、食事において、エネルギー摂取量を増やし、タンパク質や脂質の摂取量を増やすことは、身体的なフレイル発症を抑制することが明らかとなっている。炭水化物の摂取はその効果が無いことも示されている。さらに、食品群別にフレイル発症リスクとの関係を調べた結果では、肉類と乳類を多めにとることが、フレイル発症リスクを低下させることもわかってきた(図2)。


*フレイルとは、高齢による筋力などの身体機能の低下、脳機能の低下、疲労感などの状態を指す。


4.食肉に含まれるタンパク質以外の栄養素の特徴

健康維持には、脂肪摂取も重要であるといわれている。脂肪は、エネルギー源であり、有酸素運動刺激によりエネルギー産生に関わっていることはよく知られている。それ以外に、細胞膜の構成成分として使用されている。また、脂肪酸は、生体の恒常性を維持するために、エイコサノイドと呼ばれる生理活性物質の前駆体として使用されており、血液の凝固、血圧調整、免疫制御等に重要な役割を果たしている。

食肉の中で、豚肉にはビタミンB1が多く含まれており、100グラムの豚肉を摂取すれば、1日に必要なビタミンB1量を摂取できることが分かっている。ビタミンB1は、古くから脚気の予防に重要な働きをしていることが知られている。最近、ビタミンB1摂取不足が、アルコール依存症の場合と同様、脳萎縮を引き起こす可能性が示されている。これは、補酵素であるチアミンピロリン酸が不足し、乳酸が蓄積したことによる血液アシドーシスが原因と報告されている。

このように、食肉は、タンパク質の重要な供給源であるだけではなく、亜鉛、カリウム、鉄などのミネラル、ビタミンB1やビタミンAなどの供給源としても有用である。


5.食肉の有する病気の予防効果(三次機能)

食肉には、栄養素としてだけでなく、病気を積極的に予防する効果を発揮する機能成分が多く含まれている(図3)。アミノ酸には、栄養素としての役割に加えて、様々な生体調整機能が知られている。脂肪酸であるオレイン酸には、LDL-コレステロールの減少および、酸化抑制効果、血圧降下作用がある。カルニチンには、脂肪燃焼促進作用、ヘム鉄には貧血予防効果、共役リノール酸(CLA)には、抗酸化作用や体脂肪減少効果、カルノシンやアンセリンには、抗酸化作用と抗疲労効果が報告されている。タンパク質が分解されてできるオリゴペプチドに、血圧上昇抑制作用、カルシウム吸収促進作用、抗酸化作用が知られている。



1)貧血予防効果

食肉には、野菜の鉄(遊離鉄)とは異なるヘム鉄が存在している。ヘム鉄は、ポルフィリン環と呼ばれる特殊な構造に結合している鉄を指している。食肉の赤い色は、ヘム色素を持つミオグロビンによるものであり、動物の血液の色ではない。牛肉や馬肉のロースが、豚肉のものより赤色が濃いのは、牛肉や馬肉のミオグロビン量が豚肉よりも多いからである。

野菜や穀類に存在する遊離鉄は、他の食品成分であるリン酸やタンニンと結合し、小腸から吸収されにくい。一方、牛肉やレバーに多く存在するヘム鉄は、リン酸やタンニンと結合しないため、野菜に存在する遊離鉄より、小腸で吸収されやすい。ヘム鉄の吸収率は、遊離鉄の2~10倍である。


2)アミノ酸の機能

動物性タンパク質に多いL-トリプトファンは、人間の精神活動に関係あるセロトニンの前駆体として重要である。これが不足すると、うつ病などの脳の病気を引き起こす可能性があるので、動物性タンパク質の摂取は、精神活動を正常にするために重要である。

動物性タンパク質に多いL-ロイシンは、筋肉タンパク質の合成促進並びに分解抑制作用を有するため、運動することで、筋肉を増強する効果があるといわれており、サプリメントに使用されている。また、筋肉は基礎代謝エネルギーの20~25%を消費するため、食事でダイエットをするよりは、運動で筋肉を大きくすることで、太りにくい体づくりをすることが健康維持には良いともいわれている。


3)オレイン酸の機能

黒毛和牛肉の中性脂肪を構成する脂肪酸は、オレイン酸の割合が高く、黒毛和牛肉の融点が低いことの要因である。脂肪酸の中で、オレイン酸を摂取すると、リノール酸の場合と同様に、血液中脂肪のHDL-コレステロール含量を変化させずに、LDL-コレステロール含量を低下させる効果が見出されており、動物の脂肪が決して健康に悪い成分ではないことが分かってきている。


4)血圧上昇抑制作用

食肉にはタンパク質が多いことから、それが分解されたペプチドに病気の予防効果があることが期待されている。我々は、食肉タンパク質由来ペプチドに血圧上昇抑制作用と抗酸化作用を見出した。中国では、鶏肉に滋養強壮効果があるといわれていることから、鶏胸肉からエキスを調製した後、麹菌のタンパク質分解酵素を作用させ、ペプチド溶液(鶏肉エキス)を調製した。このエキスを高血圧自然発症ラット(SHR)に2~4週間、毎日投与することにより、血圧上昇が有意に抑制された。この血圧上昇抑制効果は、鶏エキスに含まれるペプチドによる効果であると推定された。ペプチドは、小腸から吸収されると、血中で血圧を調整しているアンギオテンシンI変換酵素(ACE)を阻害することにより、血圧の上昇が抑制されると考えられている。そのため、多くの食材から、血圧上昇抑制効果を有するタンパク質由来ペプチドが見出されている。食肉からは、鶏ムネ肉由来のペプチドに加えて、豚モモ肉、豚ロース肉から血圧上昇抑制ペプチドが見出されている。


5)抗酸化作用

ヒトは、呼吸により酸素を取り込み、体内でエネルギーを生産しているが、その過程において一部の酸素は活性酸素種となる。生体内で生成される活性酸素種には、スーパーオキシドアニオン、過酸化水素、ヒドロキシラジカル、一重項酸素などが知られている。活性酸素種は反応性が高く、脂質の酸化、タンパク質の変性、遺伝子(DNA)の切断によって周辺の生体組織に損傷を与えるため、老化の促進あるいはガン、心疾患など様々な疾病の原因となることが分かっている。体内には活性酸素種を消去する防御機構が備わっているが、それらは加齢とともに低下し、十分な防御作用とはいえない。また、過剰の活性酸素種が生成されると生体内防御機構では、処理しきれない。そのため、健康維持には、生体の防御機構に加え、抗酸化物質の摂取が大切であると考えられている。近年、卵白アルブミン、鶏肉、豚肉、イワシ、大豆といった様々な食品由来のタンパク質加水分解物であるペプチドが抗酸化作用を有することが明らかにされている。

ラットにストレスを負荷し、ストレス性胃潰瘍を生じさせた。この時に筋肉タンパク質由来のペプチドにストレス性胃潰瘍に対する抑制効果があるか否かを調べた。具体的には、7週齢のラットを23℃の湯につけてストレスを負荷した。この時に、豚肉の筋原線維タンパク質由来ペプチドの投与がストレス性胃潰瘍の抑制効果があるか否かを調べた結果、ペプチドの無投与では潰瘍が形成されたが、投与群では潰瘍形成がほとんど抑制された。このことから、豚肉由来ペプチドには、ストレス性胃潰瘍の抑制効果が認められた。

日常生活では、生体内のエネルギー産生や酸化ストレスにより、生体成分が損傷を受ける。タンパク質の場合には、壊れたタンパク質はすぐに生合成され、健康維持に支障をきたさないようにしている。壊れたタンパク質の修復には、食品から摂取するタンパク質が使われるので、毎日のタンパク質摂取は非常に重要である。また、タンパク質が十分に摂取できない場合には、筋肉タンパク質が生体タンパク質の修復に関わっていると考えられる。正に、筋肉は「アミノ酸の貯金箱」といえよう。


食肉には、栄養素の供給、おいしさの付与、病気の予防効果があり、健康維持には不可欠な食材である。また、日本人の食肉の摂取量は、欧米人と比べたら決して多いとはいえない。しかし、食肉はおいしいが故に食べ過ぎる可能性がある。適量を摂って健康維持に努めてほしい。また、食肉が健康に良いからといってそればかりを食べることは、健康維持には繋がらない。健康維持には、バランスの良い食生活が不可欠である。