気になる情報の解説

牛のゲップを減らすエサがあると聞きましたがすぐに使えそうですか。ほかに農場ですぐに出来る対策はありますか。

(1)最近ニュースで、飼料でメタンの排出を少なくする取組みが紹介されています。カギケノリとか脂肪酸カルシウム、カシューナッツ殻液とか聞きますがすぐに生産現場で使えたりするのでしょうか?


これも元東北大学農学研究科教授寺田文典先生にその仕組みや開発の状況を解説頂きました。

ポイント

  • 牛からのメタンを削減する、今すぐ使える特効薬はありません。
  • しかし、牛から排出されるメタンを抑制する飼料成分、飼料添加物の開発研究が、世界各地で精力的に進められています。
  • 例えば、エネルギー飼料として利用されている脂肪酸カルシウム、ウシの第一胃(ルーメン)内微生物相を制御するカシューナッツ殻液のような抗菌性物質、メタン生成古細菌(メタン菌)の活性を阻害する紅藻類のカギケノリや化学物質である3-ニトロオキシプロパノール(3-NOP)、植物の2次代謝産物であるタンニンなどのポリフェノールや精油成分など。
  • それらの資材を活用していくためには、そのメタン抑制効果とウシへの安全性の評価、生産物(肉量、肉質、安全性)に対する影響などについて、明らかにする必要があります。

解説

牛由来メタン産生を抑制するためには

牛から排出されるメタンガスは、ウシのルーメン内に生息する微生物による、飼料成分(繊維などの炭水化物)を原料とした発酵作用によって作り出されます。その過程を詳細に見てみますと、炭水化物がグルコースなどの単小糖類に分解される、さらに酢酸、プロピオン酸、酪酸などの揮発性脂肪酸に変換され、微生物はその過程で発生するATPをエネルギー源として利用し、ウシはこれらの脂肪酸をエネルギー源として利用するという素晴らしい共生関係を作り出しています(Q1 図2参照)。この関係をうまく稼働させるためには、発酵の過程で発生する水素(高濃度になると微生物の増殖活動を阻害します)をメタン菌の力でメタンに変換して、害がないようにするなどの工夫が必要になります。ですので、微生物の活動を阻害することなく、メタンを削減するためには、ルーメン内における水素の処理を工夫することが基本になります。


解説

メタン菌のメタン生成経路を阻害する(たとえば、カギケノリ、3-NOPなど)

メタン菌がメタンを合成する経路を阻害することで、メタン生成量を抑制することができます。乳牛、肉牛を問わず、削減効果が認められる3-NOPはメタン合成の最終段階で機能する酵素(メチル補酵素M還元酵素)の活性を阻害することが知られています。臭素やヨウ素などのハロゲン化合物もメタン菌の活性を阻害します。そのため、臭素を始めとするハロゲン化合物を豊富に含む紅藻類のカギケノリはメタン抑制効果を発揮することができます。

ただし、3-NOPは化学物質ですので、実用化のためには日本においてもその安全性に関する確認が必要になります。また、カギケノリは生産量が現状では必ずしも多くないこと、産地によって、あるいは乾燥法によってその効果が影響を受けること、臭素そのものがオゾン層に影響する環境負荷物質であること、安全性に関する確認が必要であることなどの課題が残されています。

なお、日本では、飼料の安全性を担保するために、飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律(飼料安全法)が施行されています。


解説

ルーメン微生物相を制御して、メタン排出量を削減する(たとえば、モネンシンやカシューナッツ殻液など)

ルーメン内での水素の出納を見てみますと、1モルの酢酸が生成される際には1モルのメタンが発生し、1モルのプロピオン酸が生成する際にはメタン1分子相当の水素が利用されます。つまり、酢酸の生成を抑えて、プロピオン酸の生成を促進すれば、メタンの発生量は抑制することができます。

そのため、プロピオン酸の生成量が多くなるように微生物相をコントロールすることが試みられています。抗生物質として研究が進められているモネンシンはグラム陽性菌の発育を阻害することでプロピオン酸優勢の微生物相を作り出すことができるといわれており、メタン生成量も1割程度抑制されます。しかし、薬剤耐性菌の問題がありますので、できるだけ抗生物質を使わずに済む方法が求められることになるかもしれません。最近、注目されているカシューナッツ殻液は、抗菌性作用を有するアナカルド酸などのフェノール類を豊富に含むことから、メタンの抑制効果が期待され、真貝ら(2014)によりますと、乾乳牛で3割程度、泌乳牛で1割程度の抑制効果があるとされています。肉用牛でもカシューナッツ殻液によって乳牛と同様の抑制効果が得られるのか、長期の連用が微生物相の適応による効果の低減を招かないか、などの点について、現在、研究が進められています。


解説

飼料成分はウシのメタン産生量に影響する

ルーメン微生物相は給与飼料によって大きく影響されます。とすれば、給与飼料組成を工夫することによってもメタン産生量を抑制することは可能であることになります。ウシの飼料は、牧草やサイレージなどの粗飼料とトウモロコシや大豆粕などの濃厚飼料によって構成されます。給与飼料中の濃厚飼料の割合を高めるとメタンの産生量は少なくなります。しかし、一方で、濃厚飼料の多給はルーメンアシドーシス※や鼓腸症※※などの消化器病を起こしやすくなります。ウシの健康を保ちつつ、メタンを抑制できるように飼料構成の最適化を図る必要があります。

また、粗飼料の品質もメタン産生量に影響します。低質粗飼料を給与すると良質粗飼料を給与した時よりもメタン排出量が増加してしまいます。ですので、良質粗飼料をしっかり生産する努力は、メタンの削減技術としても有効です。


※ルーメンアシドーシス

ルーメン内で、穀類などの飼料が急激に発酵した際に、乳酸などが蓄積し、ルーメン内のpHが著しく低下し、食欲不振や下痢などの消化器障害を引き起こす

※※鼓腸症

ルーメン内容物の著しい発酵の亢進により多量のガスが蓄積し、ガスの排出障害が引き起こされることによって、胃運動の停止や呼吸困難などの症状を招く。


解説

脂肪質飼料はメタン排出量を抑制します

脂質はルーメン微生物の活性に影響し、メタン産生量を抑制します。しかし、多く給与しすぎると消化性まで抑制することになってしまい、生産性が低下してしまいます。このような効果は、脂質を構成する脂肪酸の種類によって異なり、長鎖脂肪酸よりも中鎖脂肪酸が、飽和脂肪酸よりも不飽和脂肪酸の方が、その効果が高いことが知られています。

食品製造副産物には脂肪含有量の多い資材が多くありますので、これらを適切に活用することは、メタンの抑制と生産性の向上、同時にコスト削減に効果を発揮します。乳牛用飼料で一般的に使われるようになってきました脂肪酸カルシウムは、脂肪酸とカルシウムを結合させ、ルーメン微生物に利用されないような形で、すなわち、微生物相に対する悪影響を軽減し、有効にエネルギーを補給する資材として使われていますが、不飽和結合を有する資材は、不飽和結合に水素が添加される、すなわち、水素が消費されることでメタン産生量を削減することが知られています(西田ら、1998)。


解説

植物中に含まれるタンニンや精油成分もメタン抑制効果があります

植物中に含まれる機能性物質であるタンニンやサポニンにも抑制効果があります。タンニンには大きく縮合型と加水分解型の2種類があり、縮合型にはメタン抑制効果があるとされています。また、界面活性効果のあるサポニンはルーメン微生物の生育を阻害することでメタン産生を抑制します。ハーブなどに含まれるエッセンシャルオイル、ニンニクに含まれるアリシンなども微生物相に影響します。植物中あるいは食品製造副産物に含まれるこれらの成分はメタンを抑制することは明らかなのですが、その抑制の程度がものによって異なること、たとえば、タンニンなどは給与しすぎると採食量も抑制するなどの生産性に悪影響を及ぼしてしまいます。これらの資材を利用する際にはメタン抑制効果のバラツキと生産性のバランスに留意する必要があります。

なお、欧米では、この種のメタン抑制資材として、Agolin Ruminant(アゴリン社)、Mootral Ruminant(モートラル社)などが発売されています。


解説

硝酸塩などによりルーメン内の水素の動きを変えることでメタン排出量が低減します

硝酸塩は嫌気的なルーメンの中で還元が進みすぐに亜硝酸塩に、さらにアンモニアに変換されます。アンモニアはルーメン微生物にとって貴重な窒素の供給源となりますが、亜硝酸塩の還元速度が遅くなりルーメン内に蓄積すると、それが血液中に流入し硝酸塩中毒を引き起こします。この反応の中で、1モルの硝酸イオンに対して、メタン1モル相当量の水素が消費され、その分、メタンの産生量が抑えられることになるなど、硝酸塩は強力なメタン削減効果を示しますが、その使用にあたってはウシの健康リスクにも留意する必要があります。


解説

メタン抑制剤の使用は排せつ物処理に影響しないか

ルーメン内のメタンを抑制する資材が堆肥発酵に影響したり、バイオガスプラントの運転効率に影響したりしないか、心配の向きもあろうかと思います。現在、この種の検討が始まりつつありますので、もうしばらくデータの蓄積をお待ちください。


解説

添加剤は組合せて使用できるのか

組み合わせて使用することで、効果が足し算になるのか、掛け算になるのか、興味深いところです。この点を明らかにするためには、多くの実証的な研究を行うことが必要になるものと考えます。そのためには、多くの人たちが農場レベルで取り組める簡易なメタン測定システムの開発が必要となります。現在、農研機構を中心とした研究グループがこの課題にチャレンジしています。


農研機構 プレスリリース

(研究成果)新たな牛のメタン排出量算出式を開発しマニュアル化 -牛のゲップ由来メタン削減技術開発の加速化に期待-

https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nilgs/153466.html


メタン抑制資材の研究は世界各地で取り組まれ、日々、新しい知見が明らかになる状況です。今後も、画期的な資材開発を目指した取り組みは盛んにおこなわれるものと思われます。それらの資材が広く普及するためには、そのコストパフォーマンスが問われることになります。抑制資材を使うことで、生産性が向上する、肉質が改善される、といった経済的なメリットがあれば、生産者の取り組みを加速することができます。排出権取引やJクレジットなどのようなカーボンプライシングの中で普及を進めることも考えられます。さらに、環境ラベル※によって取り組みをアピールし、付加価値を作り出していくことも有効な対策ではないでしょうか。
※ 環境ラベル 環境負荷低減の取り組みを商品の価値としてあらわす仕組み
https://www.env.go.jp/policy/hozen/green/ecolabel/seido.html




(2)メタンを減らすエサ以外に農場で出来る対策はありますか?


ポイント

  • すぐに取り組める対策はたくさんあります。
  • (1)の個別の飼料制御により抑制できるメタン排出は1~3割程度と推測されます。
  • 繁殖性の改善や育種改良による増体成績や飼料効率の向上等による生産性の改善は生産物当たり、あるいは飼料摂取量当たりのメタン排出量削減に貢献します。
    また、最近では、メタン転換効率(総エネルギー摂取量に対するメタンエネンルギーの比率)が低い低メタン産生牛を育種する試みも始まっています。
  • 家畜を健康に飼うことは、温室効果ガスの排出量削減につながります。
  • 草地は温室効果ガスの吸収源でもあります。自給飼料利用に取り組むことは温室効果ガスの排出量を相殺することに役立ちます。

解説

繁殖性の改善や育種改良による生産性向上はメタン排出の削減に貢献します

飼料制御による削減技術を(1)でご紹介しましたが、繁殖性の改善や増体成績の向上などによってもメタン排出量は削減できます(図1,2参照)。米国の研究者の試算によりますと、飼料給与による改善効果が15%程度とみなせるのに対して、繁殖性の改善や増体成績などの向上もほぼ同程度の改善効果があると試算しています。これらの改善努力は経営的にもプラスに働きますし、だれにでもすぐにできる削減対策と位置付けることができます。




解説

低メタン産生牛の育種も始まっています

同じように飼料を摂取していても産生されるメタンの量にはウシによって個体差があります。それでは、メタンの少ない牛を選抜していけば、最終的にはメタンの少ない牛群になるになるのでしょうか。

肉用牛でメタン関連形質について、遺伝率を推定した報告はまだ多くないのですが、メタンの総排出量、乾物摂取量当たりのメタン排出量、家畜が摂取した飼料の総エネルギーに対するメタンとしてのエネルギーロスの比率として示されるメタン転換効率などについて、いずれも育種改良が可能なレベルであると評価されています。

しかし、メタン転換効率を育種的に改良していくためには、多頭数の測定値を収集する必要がありますので、まずはこれを簡易に測定する手法あるいは間接的に推定する手法の開発が急がれています。


解説

病気は生産性の低下を招くだけでなく環境負荷も増やします

いうまでもないことですが、家畜を健康に飼い、疾病罹患率を低く抑えることは、経済的にもプラスです。そして無駄を抑え、生産性を高めることで、牛肉生産量当たりのメタン排出量は低く抑えることができるはずです。「家畜を健康に飼う」、このことも「すぐにできる環境対策」といえます。


解説

草地の炭素貯留機能を活用する

「1000分の4イニシアチブ」という活動をご存知でしょうか。「世界の土壌中に存在する炭素の量を毎年4/1000ずつ増やせば、大気中の二酸化炭素の増加量を大きく抑制できる」という試算に基づき、土壌炭素を増やすことで温暖化防止に貢献しようという国際的な運動です。大気―土壌―植物という循環系を考えると、土壌中に炭素を貯留することは温室効果ガスの大気中の存在量を低減するためには有効です。

図3は農用地の炭素貯留ポテンシャルを示したものですが、草地の能力の大きさが際立っています。適切な草地管理や堆肥の有効利用によって、土壌の炭素貯留ポテンシャルは向上します。特に、放牧地の炭素貯留ポテンシャルが大きいことや、堆肥の施用、最近ではバイオ炭などによる土壌貯留ポテンシャルの向上等が注目されています。

草地の炭素貯留機能を活用する、すなわち、温室効果ガス吸収能を高め、発生量を抑制することになりますが、草地の炭素貯留量の変化には土壌条件、耕作方式、利用法など、いろいろな要因が係ってきますので、それらを踏まえて、飼料生産・利用体系を検討することは、飼料自給率の向上に、ひいては経営の持続性を高めることにつながるものと言えます。



ウシの消化管内発酵に由来するメタンガスの抑制手法として、多くの研究が行われています。研究の成果に期待していますが、研究成果を待たなくても、すぐにできることはたくさんあります。ウシの健康に気を配り、アニマルウェルフェアにも配慮した飼養環境で、自給飼料を活用した持続的な生産活動を展開することが、環境問題の解決に向けての第一歩と位置付けられます。